スマッシュ!!11

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スマッシュ!!11
ジャンル バラエティ
放送方式 生放送(一部録音)
放送期間 1969年4月7日 - 1986年4月4日
放送時間 放送時間を参照
放送局 RKBラジオ
制作 RKBラジオ
出演 井上サトル
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スマッシュ!!11(スマッシュ・イレヴン)は、RKBラジオ1969年(昭和44年)4月から1986年(昭和61年)4月4日まで17年間放送された夜ワイド番組。

メインパーソナリティ井上里瑠(井上サトル)アナウンサー。

長年に渡って福岡の若者から支持を受け、多くの福岡出身のミュージシャンが、この番組を登竜門として全国にはばたいた。

アシスタント[編集]

※他にも斉藤ヒデミ宮原ヨーコ吉村佳代子井上日登美中西一清、二宮キョウコ(1983年~1984年当時)、河村ヤヨ(1983年~1984年当時)などがアシスタントを務めた。

放送時間[編集]

  • 初回〜1975年(昭和50年):月曜~土曜日 23:00〜24:00(JST)
  • 1975年〜最終回:月曜〜金曜日 22:10〜24:00(JST)

※1984年秋から1985年春のプロ野球オフシーズン時には、この番組の前座番組として21:00〜22:00に「スマッシュ!!9」が放送された。

主なコーナー[編集]

  • 明日に向かって撃て!(23:00頃)
福岡県内各地にスタッフが赴き、その場所に集まった聴取者の声を録音し、その録音した声を編集して放送する。
番組内でも人気コーナーであり、後述のKBCラジオの番組「PAO〜N ぼくらラジオ異星人」でも「ちょっといいですか?」という同じ内容のコーナーが放送されるほどだった。
  • カジノ・スマッシュ
  • スマッシュ・アタック
  • スマッシュ・レポート
  • スマッシュ・リクエストNo1
  • ハモラナイ・コーラス(金曜日のみ)
  • スマッシュ放送局(1980年代以降)
  • 得意技一本勝負!(1980年代以降)

番組企画[編集]

  • 1978年(昭和53年)ごろ、スマッシュ!!11のスタッフが野球チーム「オール・スマッシュ」を結成。番組内で福岡の地元チームとの対戦を実況。コンサートで来福したミュージシャンのチームも参戦するようになり、ついには1979年(昭和54年)、松山千春率いる「松山千春スーパースターズ」側から挑戦を受け、同年6月10日に番組開始10周年記念企画として平和台球場井上陽水率いるオール・スマッシュと対戦。結果は5対4でオール・スマッシュ側が勝利。これは「第1回夢の球宴」と称され、観客2万人を動員した。
  • その後「夢の球宴」はその後を含め計4回実施されるほどの人気企画となった。この2チームは翌1980年(昭和55年)5月28日にも平和台球場にて再度対決、この時は12対5で松山千春スーパースターズが勝利した。その約4ヶ月後の10月9日には小倉球場にてオール・スマッシュ改め「オールRKB」が松山千春スーパースターズと対決したが0対7で敗れた。さらに翌1981年(昭和56年)7月23日平和台球場にてRKB創立30周年記念イヴェントとして松山千春スーパースターズが西鉄ライオンズOBチームと対戦、観客8万人を動員した試合は8対1でOBチームの勝利に終わった。
  • 番組内企画では「通学沿線気になる あのこ」というコーナーがあった。通学途中の駅や構内、プラットホーム、車内、またはバス停などで、よく見かける「あの子」「あの人」を探すコーナー。他に番組の始めに「今日の一言!」のコーナーもあり、リスナーも参加できた。それ以外に、公開録音と題して、パーソナリティーがスタジオを飛び出して、放送エリア内にある中学や高校を訪ねていく企画もあった。

エピソード[編集]

主なイベント・企画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 月刊ラジオパラダイス 1988年8月号特集「全国4大エリア 夜ワイド合戦絵巻」より。
  2. ^ 「大学受験ラジオ講座」は早朝5時台へ移行
  3. ^ 月刊ラジオパラダイス 1986年6月号「『スマッシュ!!11』ラストナイトの記録」より。


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