スポーツマスター

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スポーツマスター (Sports master、Master of Sports) とは栄冠に輝いたスポーツ選手やスポーツ界に功績ある者などに対して授与される称号である。

旧ソヴィエト連邦・ロシア連邦におけるスポーツマスター[編集]

スポーツマスター(ru:Мастер спорта)は旧ソヴィエト連邦(ソ連)が同国のスポーツ選手として活躍した人物に一定の評価基準に基づいて授与していた連邦政府公認の栄誉称号である。同称号にはその実績・功労に応じ、「全ソ」、「功労」、「全ソ功労」など数段階が定められており、最高位の「国際級スポーツマスター」はオリンピックや世界選手権で優勝するか、世界新記録を獲得した選手に与えられ、生活保障が付与されていた。しかし、日本の体育学者で東海大学大学院体育学研究室の里見悦郎の研究によれば、ソ連の選手が世界的に顕著な実績を挙げても、必ずしも規定通りの称号が授与されない実態もあったとされる。例えばソ連の男子バレーボール選手のザビンは78年の世界選手権優勝に加え、、1982年モスクワオリンピックでも優勝を果たしたものの、国際級より2階級下の「功労スポーツマスター」に留まった。同様に、モスクワオリンピックで陸上女子800メートルで優勝したソ連代表選手のオリザレンコも「功労スポーツマスター」に留まった。同様の傾向はソ連の選手が出場したオリンピック競技21種目中19種目で確認されたという。里見によれば、国際級スポーツマスターの実数は不明とした上で「受賞者が増えすぎて“金”の価値が目減りしているのではないか」と分析している[1]

但し、同称号はソ連が崩壊した現在も、ロシア連邦の下で政府公認の称号であり、プーチン・ロシア元大統領も、1973年にサンボで、1975年に柔道で、スポーツマスター称号を得ている。称号保持者は国や地方公共団体単位で任命される体操コーチとして任命されることもあり、日本では1994年に佐賀県及び同県の体育協会がロシアのスポーツマスターであるベンダソワ・イリーナ・アトリエブナを招聘するなど、国境を越えて称号保持者が活躍する例もみられる[2]

北海道苫小牧市におけるスポーツマスター[編集]

日本などでは主に北海道苫小牧市などが条例によりスポーツマスター称号を制定し、アイスホッケー選手の引木孝夫千葉ロッテマリーンズで1軍打撃コーチを務めた高沢秀昭ら市の出身者・在住者にてスポーツによる功績ある者に対して称号授与をしている[3]。その他、財団法人日本体育協会も公認スポーツによるマスター称号を付与している。

脚注[編集]

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  1. ^ 「ソ連 五輪金メダリスト、スポーツマスターの称号 与えられていない」『毎日新聞1986年3月15日東京朝刊11頁参照。
  2. ^ 「佐賀にロシアから体操コーチ【西部】」『朝日新聞』1994年11月23日朝刊30頁参照。
  3. ^ 「名手・引地孝夫さんが小学生を指導 アイスホッケー教室/北海道」『朝日新聞』2000年3月7日朝刊道内地域版24頁参照。

参照文献[編集]

  • 『朝日新聞』1994年11月23日朝刊
  • 『朝日新聞』2000年3月7日朝刊道内地域版
  • 『毎日新聞』1986年3月15日東京朝刊

関連項目[編集]

外部リンク[編集]