スペイキャスト

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スペイキャスト
スペイ川

スペイキャスト (spey cast) とは、ラインを空中で前後に振る通常のフライキャスティング、いわゆるオーバーヘッドキャストとは異なり、水面にラインの一部を付けた状態(この付いている部分をアンカーと呼ぶ)で後方にループを作り出すキャスト方法の総称である。オーバーヘッドのように後方空中に長いラインを伸ばさなくて済むため、岸際に木などの障害物が多い場所で有効な方法である。起源はスコットランドスペイ川とされているが、そこから派生して世界各地の釣り場で独自の発達を遂げたキャスティング方法が存在する。

スペイキャスト(トラディショナル)[編集]

アトランティックサーモン

最も有名かつ全てのスペイキャストの元となったものが、スコットランドのスペイ川周辺で発達した元祖<スペイキャスト>である。下流に伸びたラインを持ち上げ(リフト)、後方へロッドを払いながら方向転換(スイープ)。一旦ラインの先端を前方の水面に付け(アンカー打ち)、付くと同時に前方へキャストする(フォワードキャスト)というのが<シングルスペイ>と呼ばれる、このキャストの基本の動きとなる。この前方へキャストする瞬間、後方にスペイキャスト独特のDの字状のループができるが、これを<Dループ>と呼ぶ。このDの字が横に長くなるほど高いキャストエネルギーを持っている事を示しており、より遠くへラインを飛ばす事ができる。スペイ川の中・上流域はアトランティックサーモンの優良な漁場であるが、速く浅い流れのためボートが使えなかった。そこで切り立った岸際からでもキャスティングを可能とするため、地元の釣り人達によって必然的に生み出されたのであった。[1]使用するラインはフロントテーパー、ベリー部ともに長いフルラインが主体である。このスペイキャストを、一連のシンプルなロッドの回転運動によって説明した人物に、下澤(2010)がいる。リフト後ロッドティップをキャスト方向に向け、そこから右肩を軸として水平方向にロッドを4分の1回転させスイープする。自分の頭上後方までロッドティップを導きながら持ち上げ、そこから今度は左手を軸として垂直方向にロッドを4分の1回転させフォワードキャストするというのが彼の方法である(シングルスペイの場合)。彼の「まっすぐ投げるのはロールキャスト、角度変換すればスペイキャストというふうにしか言いようがない」という言葉からも、彼にとってのこのキャスト方法における回転運動の重要性が窺い知れる。[2]

スカンジナビアンスペイ[編集]

シートラウト

スウェーデンなどの北欧地域では、スペイキャストから独自の進化を遂げたこのスタイルのフライキャスティングが盛んだ。<アンダーハンドキャスト>とも呼ばれるこの方法は、ロッドを振る際にアンダーハンド=下手(2ハンドロッドではグリップエンド側、シングルハンドではラインハンド側)をメインに力を加える事で、非常にコンパクトな動きで力強いタイトループを生み出す事が特徴である。さらにアンカーも長く取ったリーダーティペット部のみの使用を基本とするため水面を荒らす事がなく、魚を驚かさずに釣りをする事が可能である。対象魚はスコットランドと同じくアトランティックサーモンの他、ブラウントラウトの降海型(スモルト)であるシートラウトなども好まれる。使用するラインのタイプは長いフロントテーパーを持つリア重心のシューティングヘッドが主体となる。このスタイルのキャストを行う上では、<シューティングヘッド>、<ランニングライン>、<リーダー+フライ>の3者のパワーバランスが練習よりも何よりも重要だと、日本におけるアンダーハンドキャストの第一人者・近藤(2009)は語る。推進力となるヘッドが<軽くて繊細>なら、抵抗となるランニングは<より細く抵抗の少ない物>にしたり、ヘッドが<水面での抵抗が大きい高シンクレート>の物なら、抵抗となるリーダーは<より短く抵抗の少ない物>にしたりといった具合である。さらに近藤は、アンダーハンドキャストはロッドのローディングがDループの上半分の重量でほとんどまかなわれているため、「アンダーハンドでロッドを曲げてシュートする原理は、きわめてオーバーヘッド的」と述べており、このあたりもこのスタイルの大きな特徴と言える。[3]

スカジットキャスト[編集]

霧が立ち込めるスカジット川
スティールヘッド

アメリカでは、ワシントン州スカジット川周辺でニジマスの降海型であるスティールヘッドを効率的に釣るために、<スカジットキャスト>と呼ばれる方法が地元スティールヘッダー達によって生み出された。非常に水の押しが強く水深もあるこの川では、魚の目前にフライを届けるため速く沈むシンキングラインと重たいフライが必要不可欠となるが、そのような組み合わせは通常のラインシステムやキャスティング方法では扱いづらい事この上なかった。これを改善するため、ラインを先端のみ素早く沈むシンクティップ仕様とし、ボディと呼ばれるラインの本体部は、オーバーヘッドで投げるには明らかに重すぎるような極太かつ短いフローティングラインとする。スカジットキャストの開拓に携わったメンバーのうち、主要人物であるワード(2012)は、このティップとボディを合わせた全長は使用するロッドの2.75~3倍の長さに設定し、なおかつティップ部は約10フィートにすると最も扱いやすいとしている。このシステムで流れや風を考慮して様々な場所にアンカーを打ったのちライン全てを一旦水に付ける。そして水面からラインを引き剥がす抵抗で竿を曲げると同時に後方へループを作り、前方へ打ち出す。安全に重たいフライを投げられる事に加え他のスタイルに比べて習得しやすく、非常に合理的なキャスト方法である。[4]

その他のスタイル[編集]

以上が現代スペイキャストにおける3大スタイルと言えるが、その他の一部地域のみで使われているような方法を加えると、枚挙にいとまがない。ニュージーランドトンガリロ川[5]でヘビーニンフを投げるため発達した<トンガリロ・ロール>、日本の湖で流行したシューティングヘッドでスペイをする<シューティングスペイ>、そのシューティングスペイを進化させ、テーパー部のみで構成された軽めのデルタ形状ヘッドを使用し、止水域における水面へのインパクト の減少を試みた<デルタシューティング・メソッド>[6]などがある。

脚注[編集]

  1. ^ スペイキャストの歴史やスコットランドの釣り事情については、野寺(2002)の記述を参照すると良い。
  2. ^ このスタイルのスペイキャストに関しては、他にもそれぞれの地域・キャスター独自の方法が考案され続けており、キャスティング理論は多様性に富む。リフト時初めから体とロッドをキャスト方向に向けて、一連の動きをより直線的に行うネス川で生まれたスタイルを野寺(2009)などが紹介しているし、リフト時からスイープ終了時までラインの水面に対する角度を同じに保つという、チャルマーズら(2011)の提唱する<インクライン・キャスト>という方法論などもある。
  3. ^ 実際に北欧で行われているスカンジナビアンスタイルのスペイキャストについては、Mortensen(2010)が他のスタイルとの違いも交え詳しく述べている。
  4. ^ 2ハンドロッドを用いなければいけないイメージのあるスカジットラインだが、Gawesworth (2009)はシングルハンドでも使える事を紹介しており、シングルハンドで扱う場合に適するライン重量や長さについても言及している。
  5. ^ 世界遺産であるトンガリロ国立公園が有名。
  6. ^ 第一人者である戸澤(2010)の記述参照。

参考文献[編集]

  • 近藤雅之(2009)「短いシューティングヘッドを、回転で制御する」『Fly Fisher』No.193(2010年2月号)pp.94-98. つり人社
  • 下澤孝司(2010)「ロールキャストの動きを意識する」『Fly Fisher』No.197(2010年6月号)pp.96-100. つり人社
  • チャルマーズ,ジェームズほか(2011)「世界記録を生むVループ・インクラインキャスティング」『Fly Fisher』No.215(2011年12月号)pp.42-47. つり人社
  • 戸澤求(2010)「より静かに、を目差したラインのテーパーデザイン」『Fly Fisher』No.195(2010年4月号)pp.104-108. つり人社
  • 野寺宣男(2002)『スペイキャスティング入門』 地球丸 ISBN 4925020889
  • 野寺宣男(2009)「しっかりとリーダーをターンさせること」『Fly Fisher』No.191(2009年12月号)pp.100-104. つり人社
  • ワード,エド・フレンチ,ジェリー(2012)「自由の結晶 エド・ワード&ジェリー・フレンチが語るスカジットキャスト」東知憲ほか訳,『Fly Fisher』No.218(2012年3月号)pp.38-45. つり人社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]