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スプロタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スプロタ
Sprota

出生 911年ごろ
死去 1005年ごろ
配偶者 ノルマンディー公ギヨーム1世
  アスペルラン・ド・ピトル
子女 リシャール1世
ラウル・ディヴリー
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スプロタ(Sprota, 911年ごろ - 1005年ごろ)は、10世紀初頭の出自のはっきりしない女性で、ノルマンディー公ギヨーム1世の(ヴァイキングの慣習によって)妻となり[1][2]、後継者リシャール1世の母となった。ギヨーム1世の死後、裕福な地主アスペルラン・ド・ピトルと結婚し、ノルマン貴族のラウル・ディヴリーをもうけた[3][4][5]

生涯

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スプロタに関する最初の記述は、同時代のフロドアール・ド・ランスによるものである。フロドアールはスプロタの名前を挙げていないものの、943年の項において「ウィリアムの息子[リチャード]がブルトン人の妾から生まれた」としている[6]。Elisabeth van Houtsは「この言及に基づいて、『ヴァイキングの慣習に従って』ギヨーム1世の妻となったスプロタはブルトン人であると特定されている」[7]とし、一方でこれはブルトン人、スカンジナビア人、あるいはフランク人であるとも考えられ、名前の綴りから判断すると、フランク人である可能性が高いとしている[8]。スプロタの名前を最初に記したのは、11世紀後半に著したギヨーム・ド・ジュミエージュである[9][10]。スプロタという名前は、ドゥームズデイ・ブックに見られる地名やイングランドのスプロットブラフ(Sproteburg 1086)やノルマンディーのエプレヴィル(Sprovilla 1025)[11]などの様々な地名と同じ語源Sprotを持つようである。つまり、この名はアングロ=サクソン的であり[12]、同時にアングロ=スカンディナヴィア的、純スカンディナヴィア的な要素を持つ(Sproti[13]を参照)。

ギヨーム1世との非キリスト教的な関係は、息子リシャール1世にとって嘲笑の的となった。フランス王ルイ4世は「息子を激しく侮辱し、他人の夫を誘惑した娼婦の息子」と呼んだ[14][15]

長男リシャール1世が誕生した当時、スプロタはバイユーの自宅でギヨーム1世の保護下で暮らしていた[4]。プレ・ド・バタイユの反乱(936年頃)を鎮圧したばかりのギヨーム1世は、使者からスプロタが男の子を出産したという知らせを受けた。この知らせに喜んだギヨーム1世は、息子に洗礼を受けさせ、リシャールという名を与えるよう命じた[10]。ギヨーム1世の執事ボトが、この子の名付け親となった[16]

942年のギヨーム1世の死と息子リシャール1世が捕虜となった後、スプロタは「莫大な富」を持つアスペルランによって危険な状況から「救出された」[3]。ロベール・ド・トリニーは、スプロタの2番目の夫がピトルで工場を経営する裕福な地主アスペルランであるとした[4][17]

家族

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ギヨーム1世との間に1男が生まれた。

アスペルラン・ド・ヴォードライユとの間に以下の子女が生まれた。

脚注

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  1. ^ Van Houts 1994, 1:xxxviii.
  2. ^ Reynolds 1992, p. 111.
  3. ^ a b Philippe 1845, p. 6.
  4. ^ a b c Crouch 2007, p. 26.
  5. ^ Van Houts 2000, p. 4.
  6. ^ Fanning & Bachrach 2011, p. 37.
  7. ^ Van Houts 2000, p. 47 n. 77.
  8. ^ Van Houts 2000, p. 182.
  9. ^ Keats-Rohan 1997, p. 192.
  10. ^ a b Van Houts 1992, 1:78-9.
  11. ^ de Beaurepaire 1981, p. 104.
  12. ^ Mills 2011, p. 619.
  13. ^ Sproti on Nordic Names (online reading)
  14. ^ Van Houts 1992, 1:102-3 n. 5.
  15. ^ Albu 2001, p. 69.
  16. ^ Van Houts 1992, 1:78-9 n. 3.
  17. ^ Searle 1988, p. 108.
  18. ^ Schwennicke 1984.
  19. ^ Schwennicke 1984, 694A.

参考文献

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  • Albu, Emily (2001). The Normans in their histories: propaganda, myth and subversion. Woodbridge: Boydell Press 
  • Crouch, David (2007). The Normans: The History of a Dynasty. Hambledon Continuum 
  • Fanning, Steven; Bachrach, Steven Bernard S., trans. (2011). The Annals of Flodoard of Reims, 916-966. University of Toronto Press 
  • Keats-Rohan, Katherine S. B. (1997). Poppa of Bayeux and Her Family. 72. 187–204 
  • Philippe, Delphine Lemaître (1845). La Normandie an xe siècle, suivie des Recherches sur les droits des rois de France au patronage d'Illeville. A. Perone, Rouen 
  • Reynolds, Philip Lyndon (1994). Marriage in the Western Church. Leiden; New York: E.J. Brill 
  • Schwennicke, Detlev (1984). Europäische Stammtafeln: Stammtafeln zur Geschichte der Europäischen Staaten. Neue Folge, Band II: Die Ausserdeutschen Staaten Die Regierenden Häuser der Übrigen Staaten Europas. Marburg, Germany: Verlag von J. A. Stargardt 
  • Searle, Eleanor (1988). Predatory Kinship and the Creation of Norman Power, 840-1066. Berkeley: University of California Press 
  • Van Houts, Elizabeth M. C., trans. (1992). The Gesta Normannorum Ducum of William of Jumièges, Orderic Vitalis, and Robert of Torigni. Oxford: Clarendon Press 
  • Van Houts, Elizabeth M. C., trans. (2000). The Normans in Europe. Manchester University Press 
  • de Beaurepaire, François (1981) (フランス語). Les Noms des communes et anciennes paroisses de l'Eure. Paris: A. et J. Picard. p. 104. ISBN 2-7084-0067-3. OCLC 9675154 
  • Mills, A. D. (2011). A Dictionary of British Place Names. Oxford University Press. p. 619. ISBN 9780199609086. https://www.oxfordreference.com/view/10.1093/acref/9780199609086.001.0001/acref-9780199609086-e-12214?rskey=mZqqN2&result=12371