スブッラ

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BC31年の地図での位置(赤丸)
(黒の点線はセルウィウス城壁

スブッララテン語: Suburra)は、イタリア ローマの一部分を表す古代ローマ時代の地名。エスクイリヌスの丘の西端とクイリナリスの丘・ウィミナリスの丘の南端の間に挟まれた[1]谷間の地域のことを指す。

概要[編集]

古代ローマ時代、スブッラ地区は中・低所得者が暮らす高層賃貸住宅(インスラ)が建ち並ぶ地区であった。インスラの地上階には商店や飲食店が入居し、一帯は歓楽街としても栄えていた。ガイウス・ユリウス・カエサルが住んでいた[2][3]ユリウス一族の邸宅(ドムス)があったのも、この地区であったといわれている。

スブッラからフォルム・ロマヌム方向(ネルウァのフォルム)へ向かうアルギレトゥム通りイタリア語版通りが地区を貫いており、またエスクイリーナ門に向かってはClivus Suburanusの坂道が通じていた[2]

現在、スブッラ地区はフォルム・ロマヌム皇帝たちのフォルムのある野外博物館地区から、地下鉄B線カヴール駅に向かう幹線道路カヴール通り沿い[2]の地区である。地区の南側にはローマ・ラ・サピエンツァ大学のキャンパスがあり、地区内にはサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会英語版サンタ・マリア・アイ・モンティ教会英語版などの歴史のある教会や、ホテルなどが多く立地している地区である

参考文献[編集]

  1. ^ L. Richardson, jr (1 October 1992). A New Topographical Dictionary of Ancient Rome. JHU Press. pp. 373–. ISBN 978-0-8018-4300-6
  2. ^ a b c Samuel Ball Platner, A Topographical Dictionary of Ancient Rome Subura, London: Oxford University Press, 1929
  3. ^ The Subura