スピード太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

スピード太郎(スピードたろう)は、宍戸左行による児童漫画1930年代前半(昭和初期)に読売新聞の日曜付録に連載された。手塚治虫より先に映画的手法を取り入れたストーリー漫画として知られる。

概要[編集]

『スピード太郎』は、少年太郎の活躍を描くストーリー漫画である。太郎は、クマサルを仲間にして、山や船上などさまざまな舞台で悪党と渡り合う。スキー板を頭につけて逆さになって滑ったり、敵を追うために秘密基地から垂直離着陸機を飛ばすなど、滑稽なアクションと空想科学的な小道具が全編にわたって描かれている。

この漫画は、映画的手法を取り入れたストーリー漫画の先駆といわれる。ここでいう映画的手法とは、視点の変化、クローズアップ、ロングショットなどの構図・構成をさす。例えば、太郎を高所に吊り上げているロープを悪党が切ろうとするシーンでは、吊り上げられた太郎とその下の地面を俯瞰で描いたあと、下からロングショットで太郎を小さく描いて、高所の恐怖感を煽る。そして、ピンと張ったロープに悪党のナイフが当てられている様子をクローズアップで描き、緊迫感を出している。

1930年12月に読売新聞の日曜版の付録『読売サンデー漫画』で連載開始、途中で『よみうり少年新聞』に移り、1934年2月に連載終了。全113ページ。1935年に箱入りで多色刷りの豪華な単行本が第一書房から出た。本作の成功をきっかけに、児童漫画の新聞連載が盛んになり、昭和初期の漫画流通において新聞が大きな役割を果たすようになった。

同時期の作品に、最初の少女漫画といわれることもある『とんだはね子嬢』(北澤楽天、1928年)、絵物語『長靴の三銃士』(文: 牧野大誓、絵: 井元水明、1930年)、『のらくろ』(田河水泡、1931年 - 1941年)がある。

ストーリー[編集]

ドルマニア国は盗みもいとわず世界中の金貨を集めていた。これを偶然知った太郎は、ドルマニアの一味に狙われる。逃げつ追われつを繰り返したすえに、太郎は捕まりドルマニアに連れていかれる。太郎は死刑を言い渡されるが、その国の姫に助けられる。その夜、貧乏な隣国クロコダイアが、ドルマニアを脅迫するため姫を誘拐する。太郎は姫を救いだし、王様から信頼されて陸軍大佐に任命される。まもなく、ある伯爵がクロコダイアへの報復を主張するが、太郎たちに反対される。この伯爵こそ、金貨集めの首謀者だった。伯爵は謀反をおこし、王様と姫を監禁し、みずから王様になろうとする。伯爵はクロコダイアに戦争をしかけるが、太郎の活躍もあり、負けてしまう。国外へ逃亡した伯爵はギャングを結成し、ドルマニアの王冠を盗む。太郎は王冠をとりかえし、伯爵を罠にはめて捕まえる。平和をもたらした太郎は、姫から宝石をもらって日本へかえる。

宍戸左行[編集]

宍戸 左行(ししど さこう、1888年11月5日 - 1969年2月3日)は、日本漫画家。本名は宍戸嘉兵衛。福島県生まれ。福島中学(現福島県立福島高等学校)卒業[1]。左行というペンネームは、アメリカからの帰国後に見た左側通行の立て札から。

1912年(大正元年)、20代半ばで絵の勉強のためアメリカに渡り、キャノン画塾や漫画の通信教育で学んだ。9年間のアメリカ滞在中、内村鑑三の弟であり、宍戸の中学時代の英語教師である内村順也と共同生活をした。宍戸はアメリカで毎日映画を見た。これが後の漫画制作に活かされていると思われる。帰国後、東京毎夕新聞社に入社し政治漫画を描いた。その後、やまと新聞、東京日日新聞社でも漫画を描く。1930年、部数拡大のため漫画部を設立したばかりの読売新聞社に移り『スピード太郎』を描いた。以降、政治漫画と並行して、生活のために児童漫画も描いた。晩年は水墨画を描いた。

児童漫画作品には『スピード太郎』のほか、『スピード三郎』、『特急無敵三郎』、『アコチャン日記』、『アトム太郎』、『U星たんけん』がある。そのほか、大人向けには『ユーモア錠剤』と『漫画・漫談アメリカの横ッ腹』、水墨画には『玄奘三蔵絵伝』がある。

参考文献[編集]

  • 宍戸左行 『少年小説大系 資料篇1 スピード太郎』、三一書房、1988年、ISBN 4380885496
  • 清水勲 『漫画の歴史』、岩波書店、1991年、ISBN 4004301726
  • 竹内オサム編『少年小説大系 別巻1 少年漫画集』、三一書房、1988年、ISBN 4380885488
    巻末の漫画史の解説を参考にした。

脚注[編集]

  1. ^ 日外アソシエーツ編集部 『漫画家アニメ作家人名事典』、1997年ISBN 4816914234