スピーカー (護衛空母)

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Speaker-carrier.jpg
艦歴
発注
起工 1942年10月9日
進水 1943年2月20日
就役 1943年11月20日
退役 1946年9月25日
除籍
その後 商船として売却
性能諸元
排水量 8,333トン
全長 496 ft (151.2 m)
全幅 69.5 ft (21.2 m)
吃水 23.25 ft (7.1 m)
機関
最大速 18 ノット
航続距離
乗員 士官、兵員646名
兵装 5インチ砲2門、連装40mm機銃8基、20mm機銃35基
搭載機 18-24

デルガダ (USS Delgada, AVG/ACV/CVE-40) は、アメリカ海軍護衛空母ボーグ級航空母艦の1隻。

艦歴[編集]

艦は海事委任契約の下ワシントン州タコマシアトル・タコマ造船所で1942年10月9日に起工する。1943年2月20日にジェームズ・B・サイクス夫人によって進水し、1943年7月15日に CVE-40(護衛空母)に艦種変更される。1943年11月20日にレンドリース法に基づきイギリス海軍に移管され、スピーカー (HMS Speaker, D90) と命名された。

機材の積み込み後、イギリス海軍の乗組員による公試が行われ、スピーカーは引き渡された。1943年11月20日に公式に就役し、タコマ造船およびアメリカ海軍によるセレモニーで白色旗が掲げられた。スピーカーは12月6日に出航する。

これらの護衛空母はイギリス海軍の規格への修正が求められ、カナダバンクーバーで改修が行われ。これらの改修では飛行甲板の拡張、艦載機の搭載方向、格納庫の修正、宿泊設備と貯蔵庫、安全対策、海上給油設備、搭載砲および艦内連絡設備、無線通信設備の追加などが行われた。

バンクーバーでの改修が完了すると、1944年3月8日にパナマ運河を通過し、バージニア州ノーフォークでの追加作業後、ニューヨークスタテン島で物資と兵員を乗せ3月8日にリバプールに向けて出航する。スピーカーは東へ向かう船団と共に巡航し4月8日に到着する。その後二度目の航空機輸送を行うため再びアメリカに戻る。

5月17日にスピーカーはグリーノックで待命状態にあった。攻撃空母として陸軍の作戦を支援するため、スピーカーはダンディーカレドン・シップビルディング・アンド・エンジニアリング社で更なる改修が行われた。

自艦のヘルキャット艦載機部隊の訓練が完了すると、スピーカーは10月16日から12月14日まで訓練空母として訓練を行う。バラクーダソードフィッシュヘルダイバーによる1,500回近くの着艦が行われた。

太平洋で[編集]

戦後[編集]

スピーカーは1946年7月27日にアメリカに返還され、1947年4月22日に商船として売却、Lancero と改名された。その後1965年に President Osmena、1971年に Lucky One と改名され、1972年にスクラップとして台湾で売却された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]