スピン角運動量

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
物理学 > 量子力学 > オブザーバブル > スピン角運動量

スピン角運動量(スピンかくうんどうりょう、: spin angular momentum)は、量子力学の概念で、粒子が持つ固有の角運動量である。単にスピンとも呼ばれる。粒子の角運動量には、スピン以外にも粒子の回転運動により定義される角運動量である軌道角運動量が存在し、スピンと起動角運動量の和を全角運動量と呼ぶ。ここでいう「粒子」は電子クォークなどの素粒子であっても、ハドロン原子核原子など複数の素粒子から構成される複合粒子であってもよい。

「スピン」という名称はこの概念が粒子の「自転」のようなものだと捉えられたという歴史的理由によるものであるが、現在ではこのような解釈は正しいとは考えられていない。なぜなら、スピンは古典極限において消滅する為、スピンの概念に対し、「自転」をはじめとした古典的な解釈を付け加えるのは全くの無意味だからである[1]

量子力学の他の物理量と同様、スピン角運動量は演算子を用いて定義される。この演算子(スピン角運動量演算子)は、スピンの回転軸の方向に依存して定義され、x軸、y軸、z軸方向のスピン演算子をそれぞれと書き表す。これらの演算子の固有値(=これらの演算子を観測したときに得られる値)は整数もしくは半整数である値s≧0を用いて、


と書き表せる。値sは、粒子のみに依存して決まり、スピン演算子の軸の方向には依存せずに決まる事が知られている。このsを粒子のスピン量子数という。

スピン量子数が半整数1/2、3/2、…になる粒子をフェルミオン、整数0、1、2、…になる粒子をボゾンといい、両者の物理的性質は大きく異る(詳細はそれぞれの項目を参照)。2016年現在知られている範囲において、

  • フェルミオンである素粒子のスピン量子数は全て1/2である
  • ボゾンである素粒子はヒッグス粒子のみスピン量子数が0であり、それ以外のボゾン素粒子のスピン量子数は1である。
  • 複合粒子のスピン量子数はそれ以外の値も取りうるが、単純に複合粒子を構成する素粒子のスピン量子数の合計値になるわけではない。例えばヘリウム原子のスピン量子数は0であるが、これを構成する素粒子である電子やクォークはいずれもフェルミオンであり、したがってそのスピン量子数は半整数である。

非相対論的な量子力学において、スピン角運動量はそれ以外のオブザーバブルとは大きく異る振る舞いをする為、スピン角運動量を記述するためだけに理論の修正を迫られる。それに対し相対論的量子力学では、例えばディラック方程式の定義それ自身にスピンの概念が織り込まれているなど、より自然な形でスピンが定式化される。

本稿では以下、特に断りがない限り非相対論な量子力学に対するスピンの概念について述べる。

準備[編集]

本節ではまず、スピン角運動量を定義するのに必要な数学的概念を導入し、次に量子力学おける軌道角運動量の概念の数学的特徴を復習する。軌道角運動量の概念を復習するのは、次節以降、軌道角運動量の定義を参考にしながらスピン角運動量の概念を定式化する為である。

数学の準備[編集]

スピン角運動量や軌道角運動量を数学的に記述するには、3次元の回転に関する知識が必要となる。そこで本節では、n次元空間における回転に関する知識を簡単に復習し、さらにリー群、リー環といったスピン角運動量の定義に必要な概念を簡単に復習する。

回転群SO3[編集]

n次元空間において、集合On、SOn


と定義する。ここではn行n列の実係数行列全体の集合であり、Iは単位行列であり、tRはRの転置行列である。。Onに属する行列をn次元直交行列、SOnに属する行列をn次元回転行列という。On、SOnは行列の積に関してをなすので、On直交群、SOn回転群という。

リー群[編集]

On、SOnは単に群であるだけでなく、「滑らかな」構造を持っている。こうした、滑らかな群のことをリー群と呼ぶ(厳密な定義はリー群の項目を参照)。

OnやSOnは、行列を要素とするリー群である。このように行列を要素とするリー群を行列群という。係数が実数、複素数からなる行列群をそれぞれ実行列群複素行列群という。本項で登場するリー群は全て実もしくは複素の行列群であるので、以下、リー群が行列群である場合を想定して説明する。

リー環[編集]

Gを行列群とするとき、

 はG上の曲線でt=0のとき単位元になる    ...(R1)

はベクトル空間をなす。行列の微分は行列なので、は行列を要素とするベクトル空間である。

二つの行列に対し、その積[A,B]を


により定義する事では環としての構造を持つ。 そこでを行列群Gに対応するリー環という。

例えばSOnに対応するリー環は、

 はSOn上の曲線で、t=0のとき単位行列となる...(R2)

という形をしている。ここではn行n列の実係数行列全体の集合である。

なぜならR(t)をt=0で単位元(=単位行列)となるSOn上の曲線とすると、回転行列の定義から


なので、そのt=0での微分は


を満たす為である。

リー環の元はR(t)による回転の原点での微分係数であるので、の元の事を無限小回転と呼ぶ。同様の理由でリー群Gに対応するリー環の元を、Gの無限小変換と呼ぶ。

リー群・リー環対応[編集]

上で述べたようにリー群Gに対し、それに対応するリー環が定まる。このリー群にリー環を対応させる「写像」は「全射[2]であり、任意のリー環に対し、それに対応するリー群Gが必ず存在する事が知られている。しかしこの「写像」は「単射」ではなく、GとHが同型でなくともGに対応するリー環とHに対応するリー環が同型になる場合がある

しかしながらリー群Gに「連結」かつ「単連結」という条件を課すと、この対応関係が「全単射」になる事が知られている:

連結かつ単連結なリー群の「集合」とリー環の「集合」は1対1に対応する。すなわち任意のリー環に対し、それに対応するリー群が必ず存在し、しかもそのようなリー群は同型を除いて必ず1つだけである。

ここでリー群Gが連結であるとは、Gを任意のリー群とする。G上の任意の2つの元g,hに対し、gとhを結ぶG上の曲線がある事をいう。。たとえば回転群SOnは連結なリー群である。一方、Onは連結ではない。gを向きを保つ直交変換とし、hを向きを保たない直交変換とすると、Onの曲線でgからhに到達する事は不可能だからである[3]。またリー群Gが単連結であるとは、G上の任意のループを連続変形で1点に潰す事ができる事を意味する。

スピン角運動量を定義する上で重要な事実として、SOnは連結だが単連結ではない、というものが挙げられる。したがってSOnに対応するリー環にはSOnとは別に、連結かつ単連結なリー群が対応している事になる。このようなリー群をn次元スピン群Spinnといい、この群がスピン角運動量を定義する上で本質的な役割を演ずる。スピン群の詳細については後述する。

exp写像を用いた対応関係の記述[編集]

Gが行列群の場合は、リー環との対応がより具体的に記述可能である。行列Aに対し、exp(A)を

   ...(L1)

と定義する。このとき次が成立する事が知られている。

Gを行列群とし、をそれに対応するリー環とする。このときであれば、である。

しかも

  ...(L2)

が成立する。

の性質[編集]

すでに述べたようには3次元空間上の歪対象行列全体の集合と一致する:

      ...(A1)

ここでは3行3列の実係数行列全体の集合である。

は明らかに実3次元のベクトル空間であるので、の元はを用いて

  ...(A2と)

という形に表記できる。この時次が成立する:

を軸とする右手系の回転行列で、回転角はラジアンである。...(A3)

リー環への写像の誘導[編集]

G、Hを行列群とし、


をGからHへの連続な準同型写像とする。G、Hに対応するリー環をとするとき、リー環の定義(R1)式より、以下のような写像を定義できる(この定義はR(t)のとり方によらずwell-definedである):

 ...(D1)

Θ*をΘがリー環に誘導する写像という。

軌道角運動量演算子[編集]

(非相対論的な)量子力学において、波動関数全体の集合はヒルベルト空間として記述可能であり、(スピンを考慮しない)一粒子からなる系の場合、は3次元ユークリッド空間上のL2空間と等しい、すなわち


である。

軌道角運動量演算子は、空間の回転に対する対称性として導出される[4]。そこで軌道角運動量演算子を導出するため、回転行列によって波動関数がどのように変化するかを調べる。3次元の回転行列全体なすリー群SO3と書くとき、回転行列により座標系を回転したとき、波動関数に移動する。すなわち、各回転行列に対し、波動関数の空間上にユニタリ演算子


が定義される[5]

上のユニタリ演算子全体なす群をとするとき、回転行列Rに対し複素ベクトル空間上のユニタリ演算子を対応させる(準同型)写像


をSO3上のユニタリ表現という。

一方、SO3に対応するリー環は、SO3の元による「無限小回転」全体の集合に等しい。すなわち(P1)式で示したように、

はSO3上の曲線で、t=0のとき単位行列となる

Λが誘導する写像Λ*を(P1)のように定義すると、Λ*の元に上のエルミート演算子を対応させる線形写像

上の歪エルミート演算子

となる。なお、Λ*による像が歪エルミート演算子になるのは、ΛR(t)がユニタリ演算子である事から、


なので、両辺を微分する事で、


となる事による。

虚数単位を用いて、合成写像λを

上歪のエルミート演算子上歪のエルミート演算子

により定義する事ができる。 λによる像は、「無限小回転d R(t)/dt|t=0 に対応する演算子」[6]だと捉える事ができ、この演算子を軌道角運動量演算子と呼ぶ。より正確に言うと、R(t)が3次元空間上の軸wの周りをラジアン角tだけ右手系に回転する回転行列とするとき、エルミート演算子λ(d R(t)/dt |t=0)が軸wの周りの軌道角運動量演算子Lwである。

例えばz軸の周りの軌道角運動量Lz球面座標系を用いて


と表記できる[7]事を以下のように確認できる。

R(t)をz軸の周りに右手系にラジアン角tだけ回転する回転行列とするとき、ψを波動関数とすると、


2つの軸に関する軌道角運動量演算子は、SO3のユニタリ表現Λによって結ばれる。すなわち、Rを回転行列でz軸をw軸に移すものとすると、w軸の周りの軌道角運動量は合成写像


である。同様にを固有値を持つLzの固有ベクトルとすれば、固有値を持つLwの固有ベクトルは、


と書き表せる。

スピン角運動量演算子の数学的定式化[編集]

本節では、前節で説明した軌道角運動量演算子の定義と比較しながら、スピン角運動量演算子の数学的定式化を説明する。

スピンを考慮した場合の波動関数空間[編集]

スピン角運動量演算子の振る舞いは、軌道角運動量演算子を始めとした他のオブザーバブルの振る舞いとは大きく異なるため、スピン角運動量演算子を取り扱うには、スピンを考慮しない場合の量子力学の理論に修正を加える必要がある。修正点の一つは波動関数全体のなすヒルベルト空間の形である。スピンを考慮した場合、一粒子系であってもとは等しくならない。

整数もしくは半整数s≧0に対し2s+1次元の複素計量ベクトル空間をを考える(このような空間は同型を除いて一意である)。

スピンを考慮した場合一粒子系の波動関数の空間は、何らかのsを用いて


という形になる[8]

一粒子系の波動関数の空間が上述のように表記できるとき、sをその粒子のスピン量子数という。スピノール空間[9]の元をスピノールという。sが整数ではない半整数になるときその粒子をフェルミオンといい、sが整数になるときその粒子をボゾンという。

上には(何らかの軸に関する)スピン演算子に対応した固有ベクトルが存在する事が知られている(後述)。基底を用いてに属する波動関数


と表記すると、この元はベクトル


と自然に同一視できる。このようなベクトル表記を波動関数スピノール表示という。

Vs上のユニタリ表現に関する問題[編集]

軌道角運動量演算子が上の「無限小回転に対する演算子」として定義可能であったのと同様、スピン角運動量演算子はVsに対する無限小回転に対する演算子として定義する事ができる。しかしながら、軌道角運動量演算子の定義におけるを単純にVsに置き換えただけではスピン角運動量演算子は定義できない。これは次の理由による。

軌道角運動量演算子の場合、3次元回転行列群SO3上のユニタリ表現


をtに関して微分する事で軌道角運動量演算子を定義していた。

したがって軌道角運動量演算子の定義において単純にをVsに置き換えてスピン角運動量演算子を定義しようとすると、SO3のVs上のユニタリ表現が必要となる。しかしながら、そのような表現は常に存在するわけではないことが知られている[10]

定理1 ― 次が成立する:

  • sが整数の場合、SO3のVs上の既約なユニタリ表現が(同型を除いて一意に)存在する。
  • sが整数でない半整数の場合、SO3のVs上の既約なユニタリ表現は存在しない。

したがって上述した方法論では、sが半整数の場合に対してスピン角運動量演算子を定義する事ができない。この問題の解決方法は2つあり、後述するように2つは本質的に同値である。

射影ユニタリ表現を用いた解決[編集]

一つ目の解決方法はVsを直接考えるのではなく、Vsの元をフェーズに関する同値関係[11]


で割った空間


を考え、同様にユニタリ演算子に対しても同様の同値関係


により同一視した同値類[U]を考えるというものである[12]。このユニタリ演算子の同値類全体の集合を


と表記する。PU(Vs)をVs上の射影ユニタリ群、PU(Vs)に属する同値類をVs上の射影ユニタリ演算子と呼ぶ。

射影ユニタリ演算子[U]はVs/~上の写像となる事が知られている:


そこでスピン演算子の振る舞いを記述するため、SO3のユニタリ表現の代わりにSO3射影ユニタリ表現


を用いる。

通常のユニタリ表現と違い、射影ユニタリ表現は次を満たす事が知られている[13]

定理2 ― sが整数であっても半整数であっても、SO3のVs上の既約な射影ユニタリ表現が(同型を除いて一意に)存在する。

よってユニタリ表現の代わりに射影ユニタリ表現を利用する事でスピン角運動量演算子が定義可能である。

本稿では、射影ユニタリ表現を利用したスピン角運動量演算子の定義の詳細は述べない。これは射影ユニタリ表現を使ってスピン演算子を記述している物理の教科書は少ない為である。しかしすでに述べたように、射影ユニタリ表現による解決方法は後述するもう一つの解決方法と本質的に同値なので、もう一つの解決方法を利用したスピン角運動量演算子の定義から射影ユニタリ表現を利用したスピン角運動量演算子の定義を導くことができる。

射影ユニタリ表現による解決方法は、物理的に意味を持たないフェーズで同一視した事を除けば、他のオブザーバブルと類似した形式でスピン角運動量演算子を記述できるため、後述するもう一つの解決と比べ、その物理的意味がわかりやすい事が利点である。

スピン群を用いた解決方法[編集]

今一つの解決は、SO3の代わりに3次元スピン群Spin3を用いるというものである。そこでまず、スピン群の定義と性質を紹介する。n次元スピン群とは以下の性質を満たす連結リー群の事である。(このような性質を満たす連結リー群は同型を除いて1つしか存在しない事が知られている):

連続準同型写像で、2:1の全射となるものが存在する。   ...(U1)

Spin3の詳細については後述する。

スピン群の定義より、回転行列Rは何らかのスピン群の元Sを用いて


と書くことができる。これはすなわち、回転行列Rを直接扱う代わりに、スピン群の元Sにより回転が記述可能な事を意味する。そこでSO3のユニタリ表現の代わりにSpin3のユニタリ表現を考える。

SO3のユニタリ表現と違い、Spin3のユニタリ表現は以下を満たす[13]

定理3 ― sが整数であっても半整数であっても、Spin3のVs上の既約なユニタリ表現が(同型を除いて一意に)存在する。

よってSO3のユニタリ表現の代わりにSpin3のユニタリ表現を利用する事でスピン角運動量演算子が定義可能である。詳細は後述する。

2つの解決方法の同値性[編集]

上述した2つの解決方法は、本質的に同値である。これはSpin3のユニタリ表現とSO3の射影ユニタリ表現が自然に1対1対応する為である。具体的には、ΓSをスピン群の元SのVs上のユニタリ表現とし、ΘRを回転行列RのVs上の射影ユニタリ表現とすると、(適切に同型なものと置き換えれば)以下の図式が可換になる。ここでprojは同値類を取る写像。


Spin3の性質[編集]

以上で示したように、スピン角運動量演算子はSpin3のユニタリ表現を使って定式化することができる。そこでスピン角運動量演算子を定義するための準備として、本節ではSpin3の性質を調べる。

3次元スピン群Spin3は2次元特殊ユニタリ変換群SU2と同型なことが知られている:


したがって以下、特に断りがない限りSpin3とSU2を同一視する。

SU2は成分表示で


と書き表すことができ[14]、したがってSU2上の3次元球面S3である。

Spin3=SU2に対応するリー環は、t=0に単位行列を通るSU2上の曲線のt=0での微分全体の集合である。よって


よっての元A=(aij)の対角成分はa11=-a22を満たす実数でなければならず、非対角成分はa12=-a21を満たす複素数でなければならない。これはすなわち、が実3次元のベクトル空間である事を意味する。そこでパウリ行列σ1、σ2、σ3


により定義すると、これらの行列に虚数単位をかけたσ1σ2σ3の実ベクトル空間としての基底になっている事がわかる[15]

には、


により内積を定義する事ができ、基底σ1σ2σ3がこの内積に対して正規直交である事も確かめられる。

そこで写像


により、を計量ベクトル空間として同一視できる。

U∈Spin3=SU2に対し、随伴写像Ad(U)を


によって定義すると、Ad(U)がの空間の向きと前述した内積とを保つ事がわかる。すなわちAd(U)は上の回転行列なので、写像π3

    ...(S1)

によって定義することができる。

このπ3が、Spin3の定義に登場した、SO3への2:1の連続準同型写像である(証明略)。

(D1)式に従ってπ3がリー環上に誘導する写像(π3)*を定義する:

       ....(S2)

この写像は次を満たすことが知られている:

 はリー環としての同型写像である。  ...(S3)

上のx軸、y軸、z軸回りを右手系にθだけ回転する行列をRx(θ)、Ry(θ)、Rz(θ)とし、これらのθ=0で微分をして得られる行列をAx、Ay、Azとすると、これらの行列はx軸、y軸、z軸回りの「無限小回転」であると解釈できる。

3)*を具体的に計算すると、(A2)より、以下が成立する事がわかる:

   ...(S4)

となる事がわかる[16]。すなわち、パウリ行列の虚数単位倍の(π3)*による像は、x,y,z軸の周りの無限小回転になる。

スピン角運動量演算子の定義[編集]

以上の準備の元、スピン角運動量を定義する。


をSpin3=SU2のVs上の規約ユニタリ表現とし(そのようなユニタリ表現の存在性と(同型を除いた)一意性は定理3で保証される)、

さらに

   

を(U1)式で述べた、Spin3からSO3への2:1への写像する(この写像の具体的な形は(S1)式を参照)。

(D1)式に従ってΓが誘導する写像Γ*、(π3)*を定義する:

上のエルミート演算子

同様に(D1)式に従ってπ3が誘導する写像(π3)*を定義すると、(π3)*は(S2)式のように書け、(S3)より


である。

長さが1のベクトルに対し無限小回転を(A3)式のように定義するとき、合成写像

上の歪エルミート演算子上のエルミート演算子 

によって定まるエルミート演算子を


と書き、snベクトルnを回転軸に持つスピン角運動量演算子と呼ぶ。

スピン角運動量演算子の具体的な形[編集]

(以下書き途中)

歴史[編集]

ナトリウムのスペクトルを観測する実験で、磁場においたD線が 2 本に分裂することが発見され(ゼーマン効果)、これは電子がいまだ知られていない 2 値の量子自由度があるためと考え、1925年にウーレンベックゴーズミットは、電子は原子核の周りを公転する軌道角運動量の他に、電子が質点ではなく大きさを持ち、かつ電子自身が自転しているのではないか、という仮説をたてた[17][18]。この仮定では、その自転の角運動量の大きさがであるとし、自転の回転方向が異なるため、公転に伴う角運動量との相互作用でエネルギー準位が 2 つに分裂したと考えると実験の結果をうまく説明できた。そしてこの自由度を電子のスピン角運動量と呼んだ。

ただし、実際にこの仮定通りスピン角運動量が電子の自転に由来していると考えると、電子が大きさを持ち、かつ光速を超える速度で自転していなければならないことになり、これは特殊相対論と矛盾してしまう。そのため、1925年にラルフ・クローニッヒ英語版 によって提案されたものの、パウリによって否定されていた。パウリは、自転そのものを考えなければならない古典的な描像を捨て、一般の角運動量 の固有値として半整数の価が許されることに注目し、この半整数の固有値をスピン角運動量とした[19]

その後発展した標準模型においても、電子は大きさ 0 の質点として扱っても実験的に高い精度で矛盾がなく、電子に内部構造があるか(スピン角運動量などの内部自由度に起源があるか)はわかっていない。

スピン角運動量演算子[編集]

スピン角運動量は、3 つのエルミート演算子 sx, sy, sz で表される物理量である。これらの演算子の間には、軌道角運動量と同様の交換関係が成り立つ。

ここで、 であり、hプランク定数である。ただし軌道角運動量と異なり、空間座標とその共役運動量との外積として表される必要はなく、したがってその大きさは を単位として整数値のみでなく半整数値をもとりうる。

スピン角運動量の大きさの二乗を

s2 = sx2 + sy2 + sz2

と定義すると、これは各成分 sx, sy, sz のいずれとも交換する。一方各成分同士は交換しないので、s2 と各成分 sx, sy, sz のうちいずれか一つとを同時に対角化できる。多くの場合同時対角化する成分を sz とする。s2固有値sz の固有値は (ms = - s, - (s - 1), ..., s - 1, s) となる。msスピン磁気量子数という。s は、0 以上の整数または半整数の値をとる。素粒子の場合、s は素粒子の種類ごとに定まった値をもつ。

スピン 1/2[編集]

固有値と固有状態[編集]

s = 1/2 の場合を考える。このとき、s2 の固有値は であり、sz の固有値は の 2 つが存在することとなる。従って対応する固有状態も 2 つであり、それぞれ上向きスピン下向きスピンと言うことが多い。

ヒルベルト空間として2次元複素内積空間を考えると、スピン角運動量の各成分 (sx, sy, sz) はパウリ行列 (σ = (σx, σy, σz)) を使って以下のように表される。

以上は、sz に関して対角となるようにしてある。

それぞれの行列は固有値 を持ち、それぞれの規格化された固有ベクトルは、

その他の状態[編集]

角度θに対し、 という線形結合であらわされる状態を考えると、この状態でのszの期待値は、

となり、はz方向のスピンがx軸に向かってθだけ傾いた状態といえる。[20]

スピンと統計性[編集]

s が半整数の値をもつような粒子はフェルミ粒子であり、s が整数値をとる粒子はボース粒子であることが知られている。s の値と統計性の間のこのような関係は、相対論的な場の量子論によって説明できる。

脚注[編集]

  1. ^ ランダウ=リフシッツ小教程 p196
  2. ^ ここでいう「写像」、「全射」、「単射」の概念を厳密に定式化するには圏論を必要とするが、本稿の範囲を超えるので詳細は略。
  3. ^ 証明:仮にそのような線分R(t)、t∈[0,1]が存在したとすると、R(0)=g、R(1)=hなので、det R(0) = 1、det R(1) = -1。したがって中間値の定理からdet R(t) = 0となるtが存在することになるが、On上には行列式が0になる元は存在しないので、矛盾。
  4. ^ ランダウ=リフシッツ小教程 p73
  5. ^ H13 p396 Def 17.1
  6. ^ ランダウ=リフシッツ小教程 p73
  7. ^ ランダウ=リフシッツ小教程 p77-78
  8. ^ H13、p383。なおこのページにはではなくと書いてあるが、 が有限次元であるため両者は同一である(同ページDef17.21の直前の記述)。
  9. ^ A07 p50
  10. ^ H13 p375 Thm 17.10
  11. ^ H13 p368
  12. ^ H13 p369
  13. ^ a b H13 p383-384
  14. ^ A07 p38
  15. ^ A07 p39
  16. ^ A07 p43
  17. ^ G.E. Uhlenbeck, S. Goudsmit (1925). “Ersetzung der Hypothese vom unmechanischen Zwang durch eine Forderung bezüglich des inneren Verhaltens jedes einzelnen Elektrons”. Naturwissenschaften 13 (47): 953-954. doi:10.1007/BF01558878. 
  18. ^ G.E. Uhlenbeck, S. Goudsmit (1926). “Spinning Electrons and the Structure of Spectra”. Nature 117: 264-265. doi:10.1038/117264a0. 
  19. ^ 砂川重信 『量子力学』 岩波書店1991年ISBN 4000061399
  20. ^ 小形正男 『量子力学』 裳華房2007年ISBN 9784785322298

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • L.D. ランダウE.M.リフシッツ著、好村滋洋、井上健男訳 (2008年6月10日). ランダウ=リフシッツ物理学小教程 量子力学. ちくま学芸文庫. 
  • Brian C.Hall (2013/7/1). Quantum Theory for Mathematicians. Graduate Texts in Mathematics 267. Springer. 
  • Joṥe Alvarado (2007年12月4日). “Group Theoretical Aspects of Quantum Mechanics (pdf)”. 2016年12月1日閲覧。

外部リンク[編集]