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スピリット複写機

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

液体複写機(えきたいふくしゃき、: Fluid duplicator)は、アルコール類を溶剤に転写印刷を行う[1][2][3]平版印刷の一種で、20世紀中期に少部数向けの簡易印刷として、謄写版とともに広く用いられた。英語では主にスピリット複写機(Spirit duplicator)と呼ばれ、日本ではヘクト式複写機、北米ではレクソグラフ(Rexograph)やディットーマシン(Ditto machine)、英国ではバンダマシン(Banda machine)の呼称もある。

概要

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1923年謄写器メーカー・ディットーコーポレーション(Ditto Corporation、米国イリノイ州)のウィルヘルム・リッターフェルドが開発した印刷技法である。北米、欧州、オーストラリアにおいて、PPC複写機が普及する1970年代にかけて、謄写版とともに学校や教会、クラブ、同人サークルなどにおける低コスト少部数の印刷用途に広く用いられた。

資器材はディットーのほか、英国ではアソシエーテッドオートメーション(英国ロンドン市)が製造、ブロック&アンダーソン(同)が販売した「バンダ」(Banda)ブランドがもっともよく知られ、両商標はそれぞれの商圏で本技法による印刷の代名詞となった。このほか輪転謄写機メーカーであったA・B・ディック(米・イリノイ州)、ロネオ(英・ロンドン市)、デュプリカルボ(Duplicarbo、イタリア[4]などの欧米メーカーの製品が知られた。

また印刷用紙のアルコール溶剤を塗布した部分だけに転写が行われる液体複写機ならではの特徴を利用し、複写機に組み込んだ歯車やカム軸の機構をレバーやボタンで操作することで伝票の特定の行や列を指定して溶剤を塗布し転写する、帳票発行専用の「行選択液体複写機」も登場した。チェコスロバキア発祥のオルミグ(Ormig、西ドイツ)製『オルミグ·システム·マシン』シリーズが世界的に知られ、日本でも企業の管理部門で多く使われた[5]

日本における液体複写機

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日本では商工省1938年、Fluid duplicatorを訳した「液体複写機」の和名で米国の製品を紹介したが[6]、当時の少部数複写用途にはヘクトカーボン紙とコンニャク版(ヘクトグラフ)を用いる手法がまだ一般的で、普及には至らなかった。

戦後の1950年に、ヘクトカーボン紙で作成した原紙を用いる最初の国産機『アスミ・ヘクト輪転謄写機』が登場したのを皮切りに[4]1970年代にかけて、デュプロ(『デュプロ』)や東芝事務機(『セーム』)、内田洋行(『陽光ヘクト』)、丸善(『シンプロコピー』)、三和(『サンビーム』)などが製造販売した。

日本では特に1960年代の企業や工場において、一度の記入で関連する複数種の伝票を発行し事務作業を効率化する「ワンライティングシステム」における帳票複写用として、欧米製の輸入品とともに広く用いられた[5]

原理

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1978年に小学生が液体複写機で制作した学校新聞。校章および校名部分に別色の原紙を用い多色印刷を行っているのが分かる。

マスター(原紙)は筆記および版となる第一層と、染料で着色されたワックスを塗布した第二層で構成されている。第一層に筆記を行うと、その筆圧で第二層のワックスが第一層の裏面に鏡像となって付着する。筆記終了後第一層を引きはがし、ワックスが付着した裏面が表になるよう液体複写機の版胴に取り付ける。

マスター製作には専用の原紙に限らず、原理的に同一なコンニャク版(ヘクトグラフ)用のカーボン用紙(ヘクトカーボン紙)を用いることも多く、和名の一つの「ヘクト式複写機」はこれに由来する[7]

液体複写機は版胴の手前に印刷用紙を溶剤で湿らせる芯が設けられており、内蔵または外付けのタンクから芯に溶剤が供給される。溶剤を含ませた印刷用紙を版胴に圧着させることで、マスターに付着したワックス内の染料が溶解し紙に転写される。原理上転写を繰り返すごとに徐々に色が薄くなり、印刷用紙の圧着に伴うワックスの剥落もあることから、1枚の原紙による印刷可能枚数はおおむね40枚程度で[8]、100枚を超える印刷は困難であった。

溶剤は揮発性が高く印刷用紙への影響を最小限にとどめるアルコール類が用いられた。初期はイソプロパノールメチルアルコールの混合物で、のち1938年に電動輪転印刷機用として、トリクロロフルオロメタン、メチルアルコール、エチルアルコールエチレングリコール、モノエチルエーテルを用いた非引火性で毒性の低い溶剤が開発された[9]

ワックスの着色剤は安価で適度に耐久性があり、発色のよい紫色のアニリン染料が一般的に用いられたが、ほかに赤、緑、青、黒、オレンジ、黄色、茶色、ピンク、ミントグリーン、スカイブルーなどの各色のマスターが供給され、これらを組み合わせて切り貼りしたマスターを用いることで多色印刷もできた。ワックスの削り取りや切り貼りによる修正も容易で、一般的な文書印刷だけでなく、挿絵画家などの芸術家にも好んで用いられた。一方で日光や蛍光灯の紫外線による退色が激しく、長期間の保存に適していない難点がある。

脚注

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  1. ^ Marchessault, R. H.; Skaar, Christen (1967). Surfaces and Coatings Related to Paper and Wood: A Symposium [Held at State University College of Forestry at Syracuse University]. Syracuse University Press. pp. 357–. GGKEY:ACJZY4RYG8S. https://books.google.com/books?id=-axoo4gAPtAC&pg=PA357 
  2. ^ Cole, David John; Browning, Eve; Schroeder, Fred E. H. (2003). Encyclopedia of Modern Everyday Inventions. Greenwood Publishing Group. pp. 84–. ISBN 978-0-313-31345-5. https://books.google.com/books?id=rVQfBSlAZvAC&pg=PA84 
  3. ^ Reyling, P. M. (1964). “Duplicating Techniques”. Journal of Chemical Documentation 4 (3): 144–146. doi:10.1021/c160014a005. ISSN 0021-9576. 
  4. ^ a b 中島朋夫 著『ビジネス・マシン・シリーズ』第1巻 (複写・謄写),p.146,白桃書房,1959.
  5. ^ a b 宮本功 編著『新しい事務機械のガイド』, pp.324-333, 圭文堂, 1961.
  6. ^ 商工省貿易局 編『内外商工時報』25(5),p.50,内外商工時報発行所,1938-05.
  7. ^ 『標準化』13(6),p.33-34,日本規格協会,1960-06.
  8. ^ The Banda machine for document duplication, mid 20th century Join me in the 1900s: a social history of everyday life
  9. ^ U.S. 2,254,469, Bjorksten, Johan, "Nonflammable Solvent", published September 2, 1941, assigned to Ditto, Incorporated 

関連項目

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  • コンニャク版(ヘクトグラフ)- 液体複写機の原理の元となった軽印刷技術。