スパイダーマン (1967年のテレビアニメ)

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スパイダーマン (1960s)
ジャンル テレビアニメアクション
アドベンチャースーパーヒーロー
製作者 スタン・リー
スティーブ・ディットコ
ラルフ・バクシ
出演者 ポール・ソールズ
テーマ曲
作者
ポール・フランシス・ウェブスター
ボブ・ハリス
コンポーザー レイ・エリス
カナダの旗 カナダ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
シーズン数 3
話数 全52話(25分) (エピソード一覧)
製作会社 グラントレー・ローレンス・アニメーション (1967-1968)
クランツ・フィルム (1968-1970)
マーベル・コミックス・グループ(1967 - )
番組販売会社 ARPフィルム (1967-1970)
ブエナ・ビスタ・テレビジョン (1985-2007)
ニュー・ワールド・エンターテインメント (1997-2001)
ディズニー・ABC・共同テレビジョン (2007-現在)
放送
放送局 アメリカ合衆国の旗 ABC(シーズン1 - 3)
映像 NTSC(480i)
音声 モノラル放送
放送期間 アメリカ合衆国の旗1967年9月9日 - 1970年6月14日
関連番組 スパイダーマン (1978年の特撮)

スパイダーマン』(原題:Spider-man:1967 TV series)は、アメリカ合衆国テレビアニメ作品。

概要[編集]

1966年にカナダで製作し1967年(昭和42年)9月9日から1970年(昭和45年)6月14日までアメリカ合衆国ABC放送で全3シーズン全52話が白黒→カラーで放送された[1]。2002年11月よりブエナ・ビスタ・インターナショナル・テレビジョンによって映像がリマスター化されたため、DVDに収録された[2]。この番組では1963年(昭和38年)の漫画(コミカルタッチ)を元に作られている[3]。米国側が番組販売を行っている時期の1977年にはイタリアなどで放送されていた。

アメリカ合衆国での放送状況[編集]

適当な台本や演技、そして極端な低予算で知られる[2]。 低予算であったため、予算を倹約するためスパイダーマンのコスチュームの蜘蛛の巣柄は顔、腕とブーツだけになり、残りは無地になっていた(胸と背中のクモは残された)。また、前の放送分で使ったアニメーションを別の回で使い回すのを多用しており、ニューヨーク市上空を飛ぶシーン、ピーターが白いシャツを脱ぎ捨て下に着ていたスパイダースーツに着替えるところ、マスクを着用して変身するところなどは、すべて使い回しだった。登場人物の動きも最小限とされた。

第1期の制作元であるグラントレー=ロレンス社が倒産した後、2期・3期分はラルフ・バクシ監督のもとクランツ社で制作された[1][3]が、予算はさらに劇的に減らされた。

第1期は初回放送予定の日にちの3か月前の時点で完成しておらず、たとえば、"Farewell Performance"という回は1967年(昭和42年)8月の時点ではまだ収録中で、 アメリカ合衆国のリンドン・ジョンソン大統領(当時)の59歳の誕生日を新聞が報じている場面までしかできてなかった [1 1]。 第3期に入ると予算の削減が激しくなり、第3期中2話分は『ロケット・ロビンフッド英語版』2話分("From Menace to Menace" と "Dementia Five") の動画をまるまる再利用し、登場人物のロビンフッドをスパイダーマンに差し替えただけで制作された。また、放映済みの分を最小限の変更だけ加えて再利用することも行われた[1][3]

テーマソング[編集]

本作のテーマソング『スパイダーマンのテーマ』はよく知られた人気曲である[4]。 歌詞はアカデミー賞受賞者ポール・フランシス・ウェブスターによるもので、作曲はボブ・ハリスである[4][5]。 オリジナル版はトロントのRCAスタジオ(動画の制作と同じ場所)でカナダ放送協会所属の歌手12人(ビリー・ヴァン・シンガーズとローリー・ボウワー)を使って収録された。音楽はニューヨークのRCAスタジオで別撮りのものを合成した[5]。歌手には収録分だけが支払われ、それ以降の再放送出演料は支払われてなかった。

オープニング映像はシーズン1では青空を駆けるシーンが早かったが、その後の話数から空を駆けるシーンは遅くなっていた。一部のシーンに顔が切れた物と切れていない物(蜘蛛の糸で車を確保)が存在する。
日本ではオリジナルのメロディをアレンジした独自テーマ曲『蜘蛛人間』が使われたが、歌詞と吹替の台本は適当だった。
1981年に独立局の放送が行われた際ではスパイダーマンのテーマに変更され、吹替の台本は変更されたが登場人物のネーミングは殆ど変更されていなかった。

日本での放送状況[編集]

日本の放送では、本作の製作から7年も遅れ[6]て1974年に東京12チャンネル(現 - テレビ東京)で初放送された。
東京12チャンネル時代の放送では1974年7月23日から火曜~金曜9時30分 - 9時50分の20分番組として1話目から放送され、同年8月30日に24話目で中断。10月10日(体育の日)は特別扱いで25話目を放送した、同年11月30日から本作が土曜18時00分 - 18時15分に26話目から再開され、1975年3月29日をもって終了した、全43話分(再放送を含む[7])。(上記の日付・時刻は朝日新聞(縮刷版)で確認済み。)
最初の放送では主人公の名前はスパイダーマンのみ使用され、ピーター・パーカーが使われたのは1980年代からだった。なお、初期の吹替では編集長(後年からジェームソン)、タコハチ博士(ドクター・オクトパス)、赤鬼(グリーン・ゴブリン)という形で放送されていた。ピーターの声優は初回放送のみ富山敬だったが、1980年代の独立局で放送された時に新吹替として田中秀幸に変更された。
1986年には、テレビ東京『アニメランド』の第2部(月曜 - 金曜8:00 - 8:15)で新吹替版が再放送された、こちらでは話数が長い模様(後半シーズンも放送)。
日本語版製作は不明。当初の主題歌はスパイダーマンのテーマのオリジナルを日本語版歌詞に蜘蛛人間としてアレンジされたものが使われていたが、1980年代では英語版が使われた。
東京12チャンネル(現 - テレビ東京) 火曜~金曜 9時30分 - 9時50分
前番組 番組名 次番組
映画の平日放送枠
スパイダーマン
(第1話~第24話)
※当時間のみアニメ枠
(1974年7月23日 - 8月30日)
映画の平日放送枠
東京12チャンネル 土曜 18時00分 - 18時15分
スパイダーマン
(第26話~第43話)
※ここまでアニメ枠
(1974年11月30日 - 1975年3月29日)
淀川長治の映画専科

スタッフ[編集]

  • 原案 - スタン・リースティーブディットコラルフ·バクシ
  • エグゼティブ・プロデューサー - ロバート・アイケルバーガー
  • プロデューサー - レイ·パーターソン
  • アニメーションディレクター - グラント·シモンズ、クライド・ジェロニミ、シド・マーカス
  • ストーリーディレクター - ジョン・パーターソン
  • ストーリーマテリアル - ビル・ダンチ、アル・バルティーノ、ディック·ロビンス、ディック・カッサリノ、フィル・バベット
  • テーマソングの作詞・作曲 - ボブ·ハリス、ポール·フランシス·ウェブスター
  • 音楽作曲の指揮 - レイ・エリス
  • 音楽編集 - ハンク・ゲッツェンバーグ
  • アニメーター - ハル・アンブロ、ロバート·ベントレー、ダン·ベッシー、ジョージ・カンナタ、ハーマン·コーエン、ジョン·ダン、ハワードエリス、ビル·ハウス、トム·マクドナル*ド、シック・オターストローム、ドン・シュロート、ラルフ·サマービル、ルベンティミンズ、ハーヴェイトゥームズ、ケイ·ライト
  • バッググラウンドスタッフ - カートパーキンス、ディック·トーマス、ビル·バトラー、マイク·カワグチ
  • レイアウト - レイ·アラゴン、ジョー・アストゥリアス、ハーブヘイゼルトン、ジム·ミューラー、シー・エル・ハートマン、ジョン·ユーイング、ジョエル·サイベル
  • プロダクションマネージャー - ジーン・マイヤーズ
  • フィルム編集 - ブライス・コルソ
  • アニメディレクター -
  • ダイアログ・ディレクター - バーナード・コーワン
  • クリエイティブ・コンサルタント - スタン・リー
  • 原語版配給 ARPFILMS(1967年 - 1970年)→サバン・エンターテイメント(1997年 - 2001年)、ブエナ・ビスタ・テレビジョン(1985 - 2007)、ディズニーエービーシー・ドメスティックテレビジョン、ウォルト・ディズニー・カンパニー(2007年 - )
  • 製作 - グラントレイ・ローレンス・アニメーション (1967-1968)クランツ・フィルム (1968-1970)マーベル・コミックス・グループ(1970 - )
  • 製作担当 - グラントイ・ローレンス・プロダクション(シーズン1)、ラルフ・バクシ(シーズン2~3)


ビデオ・DVDソフト化[編集]

Spider-Man - The '67 Collection (6 Volume Animated Set)
2004年6月29日よりアメリカ合衆国にて発売された
このDVDではディズニーホームビデオが権利を持っている。
1980年代、1990年代、2000年代ではビデオも発売されていた。


脚注[編集]

  1. ^ a b c Internet Movie Database
  2. ^ a b Marvel Animation Age
  3. ^ a b c Retrocrash
  4. ^ a b tv.com
  5. ^ a b spiderfan.com
  6. ^ 1967年のマーベルアニメ「ファンタスティック・フォー(ただし製作は異なる)」が1969年に宇宙忍者ゴームズとしてNETテレビ(当時、現 - テレビ朝日)で先に上陸してしまったため、1974年に東京12チャンネルで放送されるまで放送が無かった、同じく東京12チャンネルで放送された『マーベル・まんがスーパー大集合(1966年・グラントレー・ロレンス製作)』も13年間も日本での放送が無かったのである。
  7. ^ シーズン1が全36話分(30分の本編を除く)しかないため、全43話のうち7話分は再放送。
  1. ^ http://www.tv.com/Spider-Man+(1967)/Return+of+the+Flying+Dutchman+-+Farewell+Performance/episode/255227/summary.html?tag=container;episode_guide_list
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外部リンク[編集]