ストラスブール (戦艦)

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Strasbourg-1.jpg
艦歴
発注:
起工: 1934年11月25日
進水: 1936年12月12日
就役: 1938年12月
退役:
その後: 1955年にスクラップとして売却
除籍:
性能諸元
排水量: 26,500トン(基準時)、
31,687トン(常備時)、
34,884トン(満載時)
全長: 215.14 m、
209 m(水線長)
全幅: 31.1 m
吃水: 8.7(基準)、10.15 m(満載時)
機関: インドル式重油専焼水管缶6基+パーソンズ式ギヤード・タービン4基4軸推進
最大出力: 135,585hp
最大速力: 31ノット
兵員: 1,381名
兵装: 33cm(52口径)4連装砲2基、
13cm(52口径)4連装両用砲3基、
同連装両用砲2基、
オチキス37mm(60口径)連装機関砲10基、
13.2 mm(76口径)連装機銃16基
装甲: 舷側: 283 mm〜125 mm
甲板: 115 mm + 40 mm
主砲塔: 360 mm(前盾)、250 mm(側盾)、355 m(後盾)、160 mm(天蓋)
四連装副砲塔: 135 mm(前盾)、80 mm(側盾)
連装副砲塔: 20 mm(前盾)、20 mm(側盾)、20 mm(後盾)、20 mm(天蓋)
バーベット部: 310 mm
艦載機: ロアール・ニューポール水上機4機、カタパルト1基

ストラスブール (Strasbourg) は、フランス海軍戦艦ダンケルク級戦艦の2番艦。艦名はストラスブールに因む。

設計[編集]

その設計は非常に革新的であり、2基の四連装砲塔を前方に間隔をあけて配置、加えて副砲を対艦・対空の両用に使える両用砲を装備した。姉妹艦との区別点は二段となった操舵艦橋と大型になった煙突のファンネルキャップ(煙突の上の黒い部分)等。外見で区別は付かないが、防御力を対15インチ砲防御に強化しているのが特徴である。

艦歴[編集]

前方から見たストラスブール

ストラスブールは1934年11月25日にロワール造船所で起工、1936年12月12日に進水し、1938年12月に就役した。

第二次世界大戦が始まると、ストラスブールは重巡洋艦アルジェリーデュプレクス、イギリスの空母ハーミーズなどと共にX部隊を編成し、ダカールを拠点としてドイツの通商破壊艦捜索に従事した。1939年10月25日、X部隊はドイツ船Santa Feを拿捕した。ストラスブールは11月21日にダカールを離れ、フランスに戻った。1940年4月はじめ、ストラスブールは戦艦ダンケルクなどと共に北アフリカのメルセルケビールへ移った。ノルウェーの戦いに参加するため同月中にいったん北アフリカから離れたが、4月末までにはメルセルケビールに戻った。

1940年6月に独仏休戦協定が結ばれると、フランス艦隊がドイツの手に渡るのを恐れたイギリスは1940年7月3日にメルセルケビール攻撃を行った。ダンケルクは中破座礁したが、ストラスブールはトゥーロンにイギリス海軍の追撃を振り切って帰還し、修理後はヴィシー政権下のヴィシー・フランス海軍旗艦となる。ドイツ軍による物資窮乏のなか、遠洋での演習こそ行えなかったが、本級の効率の良い機関は少ない燃料でも活動が可能で近海の演習は滞りなく行えたため、練度と志気は依然として衰えなかった。その後、1941年に新開発されたサディ式対空レーダーを艦橋上の四本のヤードに装備した。なお、このレーダーは北アフリカのリシュリュージャン・バールにも装備された。

ドイツによるフランス全土の占領(アントン作戦)に続き、ドイツ軍がトゥーロンのフランス艦隊接収を試みたため、1942年11月27日にフランス艦隊は自沈。ストラスブールもこの日自沈した。

1943年7月17日にイタリアがストラスブールを浮揚したが、損傷がひどかったためそれ以上の作業は行われたかった。イタリア降伏後はドイツの手に渡ったが、1944年8月18日にアメリカ軍の爆撃機によって撃沈された。

トゥーロンの解放後、1944年10月1日に再び浮揚され、海中爆破実験のテストベッドとして使用される。1955年3月22日に Q45 と改名され、同年5月27日にスクラップとして売却された。


参考文献[編集]

参考図書[編集]

  • 「世界の艦船増刊第22集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第30集 イギリス戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第38集 フランス戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第38集 第2次大戦時のイギリス戦艦」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第22集 近代戦艦史 2008年10月号(海人社)
  • 「世界の艦船 列強最後の戦艦を比較する 2006年2月号」(海人社)

外部リンク[編集]