スタンリー・タレンタイン

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スタンリー・タレンタイン (Stanley Turrentine)
Stanley Turrentine 1976.JPG
基本情報
生誕 1934年4月5日
出身地 アメリカ合衆国の旗 ペンシルベニア州 ピッツバーグ
死没 (2000-09-12) 2000年9月12日(66歳没)
ジャンル ビバップハード・バップジャズ・ブルースソウル・ジャズ
職業 バンドリーダー作曲家サクソフォン奏者
担当楽器 テナー・サクソフォン
活動期間 1959年 - 2000年
レーベル ブルー・ノート、ファンタジー・レコード、CTIレコード、プレスティジ・レコードインパルス・レコード
共同作業者 シャーリー・スコットトミー・タレンタインジミー・スミスフレディ・ハバード

スタンリー・タレンタインまたはスタンリー・タレンティンStanleyTurrentineIPA: [ˈtʌɹn̩tiːn]】, 1934年4月5日 - 2000年9月12日)はアメリカ合衆国テナー・サクソフォン奏者[1]。「ミスターT」や「ザ・シュガー・マン」の愛称でも知られる。出生名はスタンリー・ウィリアム・タルンティーン(Stanley William Turrentine)。

略歴[編集]

ピッツバーグのヒル区に音楽家の家庭に生まれる。父トマス・シニアは、アル・クーパーのサヴォイ・サルタンズのサクソフォン奏者で、母親はストライド・ピアノの演奏家、長兄トミーはジャズ・トランペッターであった[2]ブルースリズム・アンド・ブルースのバンドで活動を開始し、当初はイリノワ・ジャックに大きな影響を受けた。1950年代ローウェル・フルソンアール・ボスティックのグループと、1950年代の末から1960年代の初頭にかけては、マックス・ローチのグループと活動を共にした。

1960年オルガニストシャーリー・スコットと結婚して、しばしば二人で共演した。1960年代にオルガニストのジミー・スミスと共演するようになり、録音においても、自らはリーダーを務めながらスミスと共演して、多くのソウル・ジャズの録音に取り組んだ。1970年代には、職業上の亀裂からシャーリー・スコットと離婚した後、フュージョンに転向し、ミルト・ジャクソンボブ・ジェームス、リチャード・ティー、イドリス・ムハンマドロン・カーターエリック・ゲイルらと共演した。1980年代から1990年代まではソウル・ジャズに再転向した。1990年代から歿年までメリーランド州のフォート・ワシントンに暮らした。

2000年9月に脳卒中のためニューヨーク・シティにて死去し、ピッツバーグのアレゲニー墓地に埋葬された[3]

参照[編集]

  1. ^ Allmusic
  2. ^ NPR's Jazz Profiles: Stanley Turrentine”. 2007年6月6日閲覧。
  3. ^ Nowlin, Rick (2000年9月13日). “Obituary: Hill District-born jazz great Turrentine dies”. 2007年6月6日閲覧。

外部リンク[編集]