スコット・スピージオ

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スコット・スピージオ
Scott Spiezio
DSC00826 Scott Spiezio.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国 イリノイ州
生年月日 (1972-09-21) 1972年9月21日(44歳)
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 内野手
プロ入り 1993年 ドラフト6巡目
初出場 1996年9月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スコット・スピージオScott Edward Spiezio, 1972年9月21日 - )はメジャーリーグ選手(主に三塁手)。アメリカイリノイ州ジョリエット出身。右投両打。

ポジションは主にサードファーストで、他にセカンドレフトライトとしてのプレー経験がある。2007年には、ピッチャーとして登板した。

ヤギのようなアゴヒゲと、左腕のタトゥー[1]が特徴。父のエド・スピージオもカージナルスなどでプレーした元メジャーリーグ選手(三塁手)。

経歴[編集]

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校出身。1993年オークランド・アスレチックスからドラフト6巡目で指名され契約。1996年9月14日にメジャーデビュー。三塁のほか二塁・一塁も守り、ユーティリティープレイヤーとして活躍。

2000年アナハイム・エンゼルスに移籍後は、内野のほかライト・レフトも守った。2002年はキャリアハイの140安打、打率.285、出塁率.371を記録。同年のワールドシリーズでは、サンフランシスコ・ジャイアンツに2勝3敗と王手をかけられた第6戦の7回裏、0対5と敗色濃厚の場面で反撃のきっかけとなる3ランホームランを打った。8回裏にはトロイ・グロースが逆転タイムリーツーベースを打ち6対5で勝利。第7戦も勢いに乗って勝利し、エンゼルスのワールドシリーズ初制覇に貢献した。ポストシーズンは地区シリーズから合計16試合で19打点を挙げ、この1ポストシーズン19打点の記録は、1997年サンディー・アロマー・ジュニアインディアンス)と並ぶ最多タイ記録である。

2003年シーズン後、三塁手が手薄となっていたシアトル・マリナーズに移籍。

2004年は開幕から正三塁手としてプレーするも、同じく前年オフに移籍してきたリッチ・オーリリア、この年で引退する主砲エドガー・マルティネスとともに打撃不振に陥り、シーズンが終わるまで復調することはなかった。結局、112試合に出場し、打率.215と低調な数字に終わった。

2005年は、前年オフにリッチー・セクソンエイドリアン・ベルトレの両大砲を獲得したことにより、出場機会が激減した。29試合の出場で打率.064に終わり、8月19日に解雇。

2006年2月にカージナルスとマイナー契約を結び、春季キャンプで活躍。開幕ロースター入りを果たし、エンゼルス時代のチームメイトデビッド・エクスタインと再び同じチームでプレーすることとなった。代打や三塁手スコット・ローレンの控えなどで出場し、チームはプレーオフに進出。ニューヨーク・メッツとのリーグチャンピオンシップシリーズでは、第2戦で同点2点タイムリー三塁打、第3戦で先制2点タイムリー三塁打を打つなど計5打点を挙げ、4勝3敗でメッツを破った。デトロイト・タイガースとのワールドシリーズでは4打数ノーヒットに終わったものの、カージナルスが4勝1敗でタイガースを破り、自身2個目のチャンピオンリングを手にした。シーズン後、カージナルスと2年契約を結んだ。

2007年6月15日のアスレチックス戦で、自身初の投手を経験。8回裏、3対14と大差で負けている場面で4番手として登板し、打者4人を内野ゴロ・四球・レフトファウルフライ・ライトフライで1イニングを無失点に抑えた。これにより、まだ守っていないポジションはキャッチャー・ショート・センターの3つとなった。

しかし2008年2月27日、飲酒運転など6つの罪で逮捕状が出ていることが発覚しセントルイス・カージナルスから解雇された[1]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1996 OAK 9 35 29 6 9 2 0 2 17 8 0 1 2 0 4 1 0 4 0 .310 .394 .586 .980
1997 147 590 538 58 131 28 4 14 209 65 9 3 3 4 44 2 1 75 13 .243 .300 .388 .688
1998 114 461 406 54 105 19 1 9 153 50 1 3 7 2 44 3 2 56 10 .259 .333 .377 .709
1999 89 283 247 31 60 24 0 8 108 33 0 0 1 3 29 3 2 36 5 .243 .324 .437 .761
2000 ANA 123 345 297 47 72 11 2 17 138 49 1 2 1 4 40 2 3 56 5 .242 .334 .465 .799
2001 139 503 457 57 124 29 4 13 200 54 5 2 3 4 34 4 5 65 6 .271 .326 .438 .764
2002 153 571 491 80 140 34 2 12 214 82 6 7 3 6 67 7 4 52 12 .285 .371 .436 .807
2003 158 581 521 69 138 36 7 16 236 83 6 3 2 7 46 8 5 66 12 .265 .326 .453 .779
2004 SEA 112 415 367 38 79 12 3 10 127 41 4 1 2 6 36 2 4 60 7 .215 .288 .346 .634
2005 29 51 47 2 3 1 0 1 7 1 0 0 0 0 4 0 0 18 1 .064 .137 .149 .286
2006 STL 119 321 276 44 75 15 4 13 137 52 1 0 1 2 37 1 5 66 1 .272 .366 .496 .862
2007 82 257 223 31 60 14 0 4 86 31 0 1 0 3 27 2 4 40 5 .269 .354 .386 .740
通算:12年 1274 4413 3899 517 996 225 27 119 1632 549 33 23 25 41 412 35 35 594 77 .255 .329 .419 .747

脚注[編集]

外部リンク[編集]