スイゼンジノリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
スイゼンジノリ
Suizennjinori.jpg
スイゼンジノリ (福岡県朝倉市黄金川)
保全状況評価
絶滅危惧I類環境省レッドリスト
Status jenv CR+EN.jpg
分類
ドメ
イン
: 細菌 Bacteria
: シアノバクテリア門 (藍色細菌門) Cyanobacteria
: クロオコックス目 Chroococcales
: アファノテーケ科 Aphanothecaceae
: アファノテーケ属 Aphanothece
: スイゼンジノリ A. sacrum
学名
Aphanothece sacrum
(Suringar) Okada, 1953[1]
シノニム
  • Phylloderma sacrum Suringar, 1872[1]
  • Nostoc sacrum (Suringar) Ono[2]
和名
スイゼンジノリ (水前寺苔)[3]、寿泉苔[2][3]、秋月苔[4]、清水苔[5]、紫金苔[3]、川茸[3]

スイゼンジノリ (水前寺苔、学名: Aphanothece sacrum) は、清澄な湧水に生育する藍藻の1種であり、九州の一部のみから報告されている。多数の細胞が寒天質基質に包まれ、緑色から褐色で不定形の群体を形成し、水中に浮遊している (右図)。明治5年 (1872年)、オランダのスリンガー(Willem Frederik Reinier Suringar)が熊本市水前寺成趣園の池で得られたものをもとに記載した[2][4]。種小名の「sacrum」は「聖なる」を意味し、水前寺に敬意を表して命名された[2]。福岡県朝倉市の黄金川および熊本県上益城郡で養殖されている。食用とされるほか、寒天質基質に含まれる多糖であるサクラン化粧品などに利用されている。

特徴[編集]

多数の細胞が寒天質基質に埋没し、肉眼視できる大きさの群体を形成する[2][3]。群体は水中に浮遊している[3]。群体は暗緑色から茶褐色、不定形で扁平、厚さ0.5–2ミリメートル、長さ5–7センチメートルまたはそれ以上の大きさになり、表面は凸凹、外皮は比較的硬い[2][4][3][5] (右上図)。寒天質基質の主成分は、グルコースガラクトースキシロースフコースラムノース、硫酸化ムラミン酸などからなる極めて高分子量 (2000万–2900万) の多糖であり、サクラン (sacran) とよばれる[3][5][6]

細胞は楕円形、6–7 × 3–4 マイクロメートル (µm)[2][4]。基質中に不規則に散在するが、表層で密になる[2][3]。 細胞は二分裂によって増殖して群体が成長、群体は分断化して増える[3]

分布・生態[編集]

スイゼンジノリ発生地 (熊本市上江津湖)

日本の九州からのみ報告されている[1][2]。過去には福岡県と熊本県の数カ所で確認されていたが、生育地が減少し、2020年現在では絶滅危惧I類に指定されている[7][8]。熊本県熊本市上江津湖の一部である出水神社の池は1924年に国の天然記念物に指定されているが (左図)、水害や水質悪化などによりスイゼンジノリは絶滅したと考えられていた[5]。しかしその後、生存していることが確認され、ボランティア団体の活動によって維持されている[9]。また2013年現在では、福岡県朝倉市の黄金川、および熊本県上益城郡益城町において、養殖が行われている[8][10]

生育環境はいずれも清澄な湧水が流れる水域であり、水温変化が少なく (1年を通じて12–24℃)、貧栄養 (窒素リンが少ない) でカルシウムが多い水質である[4][3]。培養実験からは、最適条件は水温が20±2℃、pH7.0–7.4、カルシウム濃度 15–21 mg/l、マグネシウム濃度 5–6 mg/l であったことが報告されている[5]。また浮遊しているため水深が浅く (15–25センチメートル)、水草などが生えていて藻体の流出が妨げられる場所が好ましい[3]。乾燥や氷結すると枯死するため、夏期に干出したり冬期に氷結する場所では生育できない[3]

人間との関わり[編集]

黄金川(福岡県朝倉市)のスイゼンジノリ養殖場

栽培[編集]

2014年現在、福岡県朝倉市の黄金川、および熊本県上益城郡で養殖が行われている[8][10] (右図)。その生育には、上記のように水温変化が少ない貧栄養のきれいな水、ゆるやかな流れ、適当な水草の配置などを必要とする。朝倉市の黄金川では江戸時代から養殖が行われており、また熊本県上益城郡では丹生慶次郎がコンクリート製の養殖池を用いた養殖法を確立した[3][11][12]。また上益城郡の養殖場で発生した黄緑色の藻体 (色素を一部欠くため) を継体養殖したものは、品種「翠玉すいぎょく」として登録され[13]、一部料亭などで流通している。

食用[編集]

伝統的な日本料理 (会席料理茶懐石精進料理など) において吸い物三杯酢などに利用される[3][4][14]。生のものも使用されるが、板状に加工したものは水に浸けて戻して用いられる[3]。基本的に無味無臭で、彩りと歯ごたえを楽しむ。また羊羹や砂糖漬け、塩蔵品なども商品化されている[3]

工業利用[編集]

スイゼンジノリの細胞外基質に含まれる多糖であるサクラン (sacran、種小名の sacrum に由来) は高い粘性、金属イオン吸着能、保水性をもち、これを利用した化粧品や医薬品、金属回収材への応用が試みられており、一部は実用化されている[3][15][16][17]。特にサクランは、保湿剤としてよく知られるヒアルロン酸 (自重の約1200倍の水を保持) をはるかに上回る保湿能 (自重の約6100倍の水を保持) を示すため、化粧品として広く使われている[15][16]。また、サクランが陽イオンとの結合によりゲル化する性質を利用したレアメタル回収の研究が行われている[17][18]。またサクランには抗炎症効果があることも報告されており、これに関する研究も進められている[16]

歴史[編集]

宝暦13年 (1763年) に遠藤幸左衛門が筑前の川(現在の黄金川)に生育しているスイゼンジノリに気づき「川茸」と名付け、この頃から食用とされるようになった[3]1781年から1789年頃には遠藤喜三衛門がスイゼンジノリを乾燥して板状にする加工法を開発し、寛政5年(1792年)に商品化された[3]。このようなスイゼンジノリは「水前寺苔」、「寿泉苔」、「清水苔」、「紫金苔」、「川茸」などの名で地方特産の珍味として喜ばれ、また将軍家への献上品ともされていた[3][5]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

出典[編集]

  1. ^ a b c Guiry, M.D. & Guiry, G.M. (2021年). “Aphanothece sacrum (Suringar) Okada 1953”. AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. 2021年10月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 廣瀬弘幸 & 山岸高旺 (1977). “Aphanothece sacrum”. 日本淡水藻図鑑. 内田老鶴圃. pp. 19, 21. ISBN 978-4753640515 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 吉田忠生 (2012). “スイゼンジノリ”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. エヌ・ティー・エス. pp. 648–450. ISBN 978-4864690027 
  4. ^ a b c d e f 日本大百科全書(ニッポニカ). “スイゼンジノリ”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2021年10月9日閲覧。
  5. ^ a b c d e f 椛田聖孝, 岡本智伸, 笹田直繁, 小野政輝, 井越敬司, 小林弘昌, 増岡智加子 & 伊東保之 (2005). “日本固有種ラン藻・スイゼンジノリ (Aphanothece sacrum (Sur.) Okada) の培養および構成単糖と機能性の検索”. 九州東海大学農学部紀要 24: 37-43. 
  6. ^ 岡島麻衣子 & 金子達雄 (2019). “スイゼンジノリの生産する細胞外多糖サクランの示す 「想定外」 の構造物性”. Cellulose Communications 26 (2): 66-69. NAID 40021937064. 
  7. ^ スイゼンジノリ”. 日本のレッドデータ 検索システム. 2021年10月9日閲覧。
  8. ^ a b c 5.7 スイゼンジノリの生育環境について”. 小石原川ダム建設事業に係るダム下流河川環境検討会 報告書. 水資源機構 (2013年4月). 2021年10月9日閲覧。
  9. ^ スイゼンジノリ保全活動”. 江津湖研究会. 2021年10月9日閲覧。
  10. ^ a b “益城町にスイゼンジノリの養殖場を建設・・グリーンサイエンス・マテリアル”. くまもと経済. (2014年9月12日). http://www.kumamoto-keizai.co.jp/content/asp/dejikame/dejikame_detail.asp?PageID=20&Knum=16116&PageType=top 
  11. ^ 内平倫義, 内藤信二, 増岡智加子, 岡本智伸, 安田伸, 山下秀次, ... & 椛田聖孝 (2013). “黄金川における, 日本固有種ラン藻・スイゼンジノリの増殖と機能性”. 東海大農紀要 32: 7–11. 
  12. ^ スイゼンジノリ養殖場を訪ねて”. リバテープ製薬株式会社. 2021年10月10日閲覧。
  13. ^ “スイゼンジノリの新品種を商標登録 水前寺のり本舗丹生堂 黄緑色の新品種ル”. くまもと経済. (2011年11月1日). http://www.kumamoto-keizai.co.jp/content/asp/week/week.asp?PageID=3&Kkiji=14107&tpg=620&Knum=13&pp=top&CntFlg=false 
  14. ^ 水前寺のりとは”. 水前寺のりくまもとの会. 2021年10月8日閲覧。
  15. ^ a b 天然高分子の材料化”. 金子研究室. 北陸先端科学技術大学院大学. 2021年10月10日閲覧。
  16. ^ a b c 岡島麻衣子 (2015). “スイゼンジノリ由来新規多糖類 “サクラン” の材料化と今後の応用”. 化学と生物 53 (8): 553-558. doi:10.1271/kagakutoseibutsu.53.553. 
  17. ^ a b 金子達雄, 岡島麻衣子 & 立山誠治 (2014). “超巨大多糖類サクランの構造物性とバイオミメチックな機能創出”. 日本ゴム協会誌 87 (4): 146-152. doi:10.2324/gomu.87.146. 
  18. ^ 金子達雄, 岡島麻衣子, 小川哲也, 東嶺孝一 (2010). “新規超巨大多糖類サクランの構造物性”. NanotechJapan Bulletin 3 (2): 1–6. https://www.nanonet.go.jp/magazine/archive/?page=1173.html. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]