ジョー・リーバーマン

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ジョー・リーバーマン
Joe Lieberman 2008.jpg
生年月日 1942年2月24日(72歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 コネチカット州スタンフォード
出身校 イェール大学 (B.A.)
イェール・ロー・スクール (LL.B.)
現職 政治家, 法律家
所属政党 無所属
(2007 - 現在)
配偶者 1) エリザベス・ハース (div.)
2) ハダサー・リーバーマン
公式サイト [Joe Lieberman United States Senator ]

アメリカ合衆国上院議員
任期 1989年1月3日 - 2013年1月2日

上院政府問題委員会委員長
任期 2001年1月3日 - 2001年1月20日
任期 2001年6月6日 - 2003年1月3日

上院国土安全保障・政府問題委員会委員長
任期 2007年1月4日 -

第20代 コネチカット州検事総長
任期 1983年 - 1989年
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ジョゼフ・イサドア・"ジョー"・リーバーマンJoseph Isadore "Joe" Lieberman1942年2月24日 - )は、米国政治家法律家無所属の元上院議員コネチカット州スタンフォード出身。宗教はユダヤ教である。

経歴[編集]

イェール大学で政治学と経済学を学び、1967年イェール・ロー・スクール弁護士資格を得る。父親はポーランド系ユダヤ人、母親はオーストリア系ユダヤ人で、妻ハダッサと共に敬虔なユダヤ教徒として知られる。そのため、安息日には審議に参加しないこともたびたびである。

政界入りは1970年。地元・コネティカット州の上院議員選挙に出馬し当選。1980年には国政進出に打って出るが、当時のレーガン旋風の前に上院選で共和党候補に敗北。1982年に、地元・コネティカット州の検事総長に就任。86年に再選された。1988年には8年前に敗北した上院選に再出馬し雪辱を果たした。以来、上院議員に4期連続当選。民主党の中では最右派の一人で、ビル・クリントン大統領在任中にモニカ・ルインスキー・スキャンダルに直面した際は、クリントンを激しく批判した。

2000年アメリカ合衆国大統領選挙においてアル・ゴアの伴走者として民主党の副大統領候補に指名され、ユダヤ教徒として初の2大政党の正副大統領候補者となる。選挙では大接戦の末敗北。リーバーマンは同年に上院議員の改選を迎えていたが、コネティカットでは公職の重複立候補が可能の為、その職にとどまることができた。

その後発足した、ブッシュJr大統領とは大統領選のしこりがあり、政権発足当初は険悪だったが、9・11の直前に宗教団体への公的助成を可能とする法案に賛同したことから関係が修復。ゼル・ミラーと共に、民主党内の最右派として積極的にブッシュ政権を支える立場となる。9・11の後は「イラク討つべし」の論陣を張り、イラク戦争に関してはジョン・マケイン上院議員と共に自ら決議案を提出、ブッシュ大統領がローズガーデンで演説した際にはマケインと共にブッシュの両脇に陣取り、国民合意を演出した。

2004年アメリカ合衆国大統領選挙においては、2000年の同選挙に出馬していたアル・ゴア元副大統領に対する仁義から当初は出馬を見合わせていたが、ゴアが不出馬を表明したことから出馬を決意。しかしながら、民主党の予備選前にジョン・ケリー上院議員が既に大きな勢いを得ており、結果は連戦連敗。オクラホマ州での予備選敗北後撤退を表明した。リーバーマンは緒戦のアイオワ州を捨て、2戦目のニューハンプシャー州に資金と労力を全力投入させる戦術を採ったが(同戦術は、友人であるジョン・マケイン上院議員の2000年の大統領選の際のアイデアでもある)有権者の投票行動にはほとんど反映しなかった。

イラン核武装阻止のための限定空爆論や、イスラエル支援政策に対しても、民主党内では異例の強い支持を表明し続け、また積極的差別是正措置同性結婚への反対を表明したこともあり、2006年11月の中間選挙のコネティカット州上院選においては党内の左派の支持を得られず、現職ながらも民主党候補を選ぶ州予備選に敗北。しかし、無所属での出馬を表明した後にルドルフ・ジュリアーニニュート・ギングリッチらの共和党要人が、共和党候補を差し置いて支持を表明。さらに一部の民主党連邦議会議員も民主党公認候補を差し置いて支持する。一方で予備選ではリーバーマンを支持していたヒラリー・クリントンバラク・オバマらの大多数の民主党連邦議会議員は民主党公認候補へ支持を切り替え、民主党候補とリーバーマンの事実上の一騎打ちの形勢[1]となる。結果リーバーマンは当選(4選目)。その後、復党はしていないが民主党の会派には復帰した。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙を巡っては早くから共和党候補者を支持する可能性が示唆されていたが、2007年12月17日にニューハンプシャー州で「党派よりも、友情や憂国の情が優先する」と述べ、イラク戦争など外交・安全保障政策を共有する共和党のジョン・マケイン上院議員支持を明言した[2]ニューハンプシャー州をはじめ、ミシガン州フロリダ州のマケインの遊説にもリーバーマンは同行し、マケイン支持を訴えた。また、同年の共和党大会では初日の基調演説でマケイン支持を訴えている[3]。共和・民主両党の党大会で基調支援演説を行ったのは前述のゼル・ミラーとリーバーマンのみである。

大統領選挙後は造反したリーバーマンの処遇が注目されていたが、民主党は会派から追放せず残留を求めるよう要望。国土安全保障・政府問題委員会委員長の職は留まるが、環境公共事業委員会の小委員長は辞するものと見られる[4]

ウィキリークスを強く批判している。

2011年1月18日、次回の2012年上院選に出馬せず引退する意向であると報じられ[5][6]、実際に出馬せず引退した。2006年の上院選では非公認ながら再選されたものの、2012年の上院選を巡っては各種世論調査で厳しい調査結果が相次いでいたため再出馬を断念したものと見られている。

脚注[編集]

  1. ^ 共和党候補はカジノで偽名を用いたことが報道され、カジノの店内規則で不正行為とされるカードカウント(記事ブラックジャック参照)を行っていたのではないかという疑惑が持ち上がったために支持率が急落していた。
  2. ^ Joe Lieberman Endorses John McCain
  3. ^ JOE LIEBERMAN: Fmr. Democrat Addresses GOP ConventionPoliticstv,2008年9月3日
  4. ^ 造反したリーバーマン氏に“恩赦”、民主党会派に残留へ 米上院 2008年11月19日 MSN産経ニュース
  5. ^ “元米副大統領候補、リーバーマン上院議員引退”. 読売新聞. (2011年1月19日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110119-OYT1T00831.htm 2011年1月19日閲覧。 
  6. ^ Joe Lieberman to retire from US Senate next yearBBC・NEWS,2011年1月19日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

議会
先代:
ローウェル・P・ウェイカー・ジュニア
コネチカット州選出上院議員(第1部)
1989 - 現在
同職:クリス・ドッド
リチャード・ブルメンソール
現職
公職
先代:
フレッド・トンプソン
上院政府問題委員会委員長
2001–2003
次代:
スーザン・コリンズ
先代:
スーザン・コリンズ
上院国土安全保障・政府問題委員会委員長
2007 - 現在
現職
党職
先代:
アル・ゴア
民主党副大統領候補
2000
次代:
ジョン・エドワーズ
先代:
アンソニー・T・モフェット
コネチカット州選出上院議員(第1部)
民主党候補

1988, 1994, 2000
次代:
ネッド・ラモント
先代:
デイヴ・マッカーディ
民主党指導者会議議長
1995–2001
次代:
エヴァン・バイ
司法職
先代:
カール・R・アジェロ
コネチカット州検事総長
1983–1989
次代:
クラリーン・ナルディ・リドル
儀礼席次
先代:
ハーブ・コール
D-ウィスコンシン州
アメリカ合衆国の儀礼順位
20番
次代:
ダニエル・アカカ
D-ハワイ州