ジョージ・エミール・パラーデ
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ジョージ・エミール・パラーデ George Emil Palade | |
|---|---|
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ジョージ・エミール・パラーデ | |
| 生誕 |
1912年11月19日 |
| 死没 |
2008年10月7日(95歳没) |
| 市民権 |
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| 国籍 |
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| 研究分野 | 細胞生物学 |
| 研究機関 |
ロックフェラー大学 イェール大学 カリフォルニア大学サンディエゴ校 |
| 主な指導学生 | ギュンター・ブローベル[1] |
| 主な業績 | リボソーム、小胞体 |
| 主な受賞歴 |
アルバート・ラスカー基礎医学研究賞(1966) ガードナー国際賞 (1967) ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(1970) ノーベル生理学・医学賞(1974) |
| プロジェクト:人物伝 | |
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ジョージ・エミール・パラーデ/ゲオルゲ・エミール・パラーデ(George Emil Palade, 1912年11月19日 - 2008年10月8日)はルーマニアのヤシ生まれのアメリカ人細胞生物学者。1974年に細胞の構造と機能に関する発見により、クリスチャン・ド・デューブ、アルベルト・クラウデとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。
経歴
[編集]1940年にルーマニアのブカレスト大学医学部で医学博士号を取得し、ポスドク研究のため1945年にアメリカ合衆国に渡るまで、この大学に在籍した。アメリカでは彼はロックフェラー大学でアルベルト・クラウデらとともに研究を行った。パラーデは1952年にアメリカ合衆国に帰化し、1958年から73年までロックフェラー大学、1973年から1990年までイェール大学、1990年以降はカリフォルニア大学サンディエゴ校で教授を務めている。
ロックフェラー大学では、ミトコンドリア、葉緑体、ゴルジ体などの細胞内小器官を観察するのに電子顕微鏡を用いた。彼の最も重要な発見はリボソームに関するものである。彼の名前は、血管内皮細胞に特徴的に見られ、数種のタンパク質などからなるバイベル・パラーデ小体(Weibel-Palade body)に残っている。1984年王立協会外国人会員選出[2]。
受賞歴
[編集]- 1962年 ウォーレン賞
- 1964年 パサノ賞
- 1966年 アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
- 1970年 コロンビア大学よりルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(アルベルト・クラウデ、キース・ポーターと共同受賞)
- 1971年 カーネギーメロン大学よりディクソン賞科学部門
- 1974年 ノーベル生理学・医学賞(クリスチャン・ド・デューブ、アルベルト・クラウデと共同受賞)
- 1981年 E・B・ウィルソン・メダル
- 1986年 アメリカ国家科学賞
註
[編集]カテゴリ:
- アメリカ合衆国の医学者
- ルーマニアの医学者
- アメリカ合衆国の細胞生物学者
- アメリカ合衆国の医師
- ルーマニアの医師
- ノーベル生理学・医学賞受賞者
- アルバート・ラスカー基礎医学研究賞受賞者
- ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞受賞者
- ガードナー国際賞受賞者
- アメリカ国家科学賞受賞者
- 米国科学アカデミー会員
- 王立協会外国人会員
- ローマ教皇庁科学アカデミー会員
- 国立科学アカデミー・レオポルディーナ会員
- 世界文化理事会の創立メンバー
- カリフォルニア大学サンディエゴ校の教員
- イェール大学の教員
- ロックフェラー大学の教員
- ロックフェラー研究所の人物
- アメリカ合衆国帰化市民
- ルーマニア系アメリカ人
- ブカレスト大学出身の人物
- ヤシ出身の人物
- 1912年生
- 2008年没