ジョヴァンニ・テデスコ
表示
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
|
| ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Giovanni Tedesco | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1972年5月13日(53歳) | |||||
| 出身地 | パレルモ | |||||
| 身長 | 187cm | |||||
| 体重 | 81kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1990–1993 | レッジーナ | 74 | (6) | |||
| 1993–1995 | フィオレンティーナ | 47 | (2) | |||
| 1995–1997 | フォッジャ | 63 | (5) | |||
| 1997–1998 | サレルニターナ | 41 | (3) | |||
| 1998–2004 | ペルージャ | 152 | (24) | |||
| 2004–2006 | ジェノア | 77 | (9) | |||
| 2006–2010 | パレルモ | 78 | (9) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2012 | フォリーニョ | |||||
| 2014–2015 | フロリアーナFC | |||||
| 2015 | ビルキルカラ | |||||
| 2016 | パレルモ | |||||
| 2016–2017 | フロリアーナFC | |||||
| 2018–2019 | ハムルーン・スパルタンズ | |||||
| 2019–2020 | グジラ・ユナイテッド | |||||
| 2020 | バレッタ | |||||
| 2020 | アル・バタイ | |||||
| 2020–2021 | サイレンFC | |||||
| 2021 | ラアス・アル=ハイマ | |||||
| 2022 | ルチア | |||||
| 2022– | ビルキルカラ | |||||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ジョヴァンニ・テデスコ(Giovanni Tedesco、1972年5月13日 - )は、イタリア出身の元サッカー選手で指導者。現役時はボランチ[1]としてフィオレンティーナ、ペルージャなどでプレーした[2][3]。現在はビルキルカラFCの監督を務めている。
経歴
[編集]1990年、当時セリエBのレッジーナでキャリアをスタートさせた。1993-94シーズン、セリエB落ちしたフィオレンティーナに移籍し、セリエB優勝を果たした。1998-99シーズンからペルージャに移籍、5シーズン半をレギュラーとしてプレー、チームはこの間、一度もセリエB落ちすることが無かった。またこの間の1シーズン半は、中田英寿と中盤を組んでいた[1]。2003年、UEFAインタートトカップのVfLヴォルフスブルクとの第2戦では得点を挙げて優勝を果たした。
2011年にはかつてペルージャに所属していた選手たちを集めて開催された、東日本大震災に関連したチャリティーマッチに中田やラヴァネッリ、ディ・リーヴィオ、ラパイッチらと共に出場した[4]。
タイトル
[編集]- フィオレンティーナ
- セリエB : 1993-94
- サレルニターナ
- セリエB : 1997-98
- ペルージャ
- UEFAインタートトカップ : 2003
脚注
[編集]- ^ a b “元イタリア代表FWミッコリ、テデスコが率いるマルタのクラブへ移籍”. QOLY (2015年6月25日). 2023年4月27日閲覧。
- ^ “Malta FA Awards 2023, Tedesco tra i candidati all'allenatore dell'anno: sfida a Nisevic e Spiteri”. TUTTOMERCATOWEB. 2023年4月27日閲覧。
- ^ “Calcio: lo Gzira United esonera Giovanni Tedesco”. ANSA (2020年1月21日). 2023年4月27日閲覧。
- ^ “熱き想いがペルージャに結集!!「全ては被災した子供達のために」”. QOLY (2011年5月24日). 2023年4月27日閲覧。