ジョン王の乱世

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ジョン王の乱世』(ジョンおうのらんせい、The Troublesome Reign of King John)は、1589年頃に書かれたエリザベス朝の歴史劇。ウィリアム・シェイクスピアが『ジョン王』(1596年頃)を書く時の材源・雛形にした作品と言われる[1][2]が、作者が誰かはわかっていない(シェイクスピア本人だという説もある)。

材源[編集]

この劇の主要な歴史的材源はラファエル・ホリンシェッド (Raphael Holinshed) の『年代記』とジョン・フォクス (John Foxe) の『殉教者列伝』 (Foxe's Book of Martyrs) である。フォックスの本のほとんどの内容を要約したリチャード・グラフトン (Richard Grafton) の『Chronicle at Large』も使われた可能性がある。

テキスト[編集]

この劇は、シェイクスピアの時代に3回「四折版」で出版された。

  • Q1 (1591年)。出版者は文房具商(当時は本屋を兼ねる)サンプソン・クラーク。作者の表記はない。表紙には、この劇は女王一座 (Queen Elizabeth's Men) によって上演されたとある。『ジョン王の乱世』は極端に長い芝居ではないが、それでもシェイクスピアのものより300行ほど多く、最初の出版では2冊に分けられていた(その結果、研究者によって『ジョン王の乱世 第1部』『第2部』と言及されることもある)。
  • Q2 (1611年)。出版はジョン・ヘルム、印刷はヴァレンティン・シムズ (Valentine Simmes) 。「W.Sh.」作と印されている。Q1 の2分冊は取りやめられ、1冊になっている。
  • Q3 (1622年)。出版はトマス・デュース、印刷はオーガスティン・マシューズ (Augustine Matthews)。「ウィリアム・シェイクスピア」作となっている。

作者[編集]

19世紀の評論家たちは Q3 のシェイクスピア説を認めていた。20世紀の注釈者では、E・B・エヴェリットがこの説を擁護した[3]。しかし、それ以外に、クリストファー・マーロウロバート・グリーン (Robert Greene) 、トマス・ロッジ (Thomas Lodge) 、ジョージ・ピール (George Peele) らの単独説あるいは合作説が提起され、そのいずれもが研究者たちの総意を得ていない。

脚注[編集]

  1. ^ Geoffrey Bullough, ed., Narrative and Dramatic Sources of Shakespeare, 8 Volumes, New York, Columbia University Press, 1957-75; Vol. 4, pp. 4-24 and 72-151.
  2. ^ F. E. Halliday, A Shakespeare Companion 1564–1964, Baltimore, Penguin, 1964; pp. 503-4.
  3. ^ Terence P. Logan and Denzell S. Smith, eds., The Predecessors of Shakespeare: A Survey and Bibliography of Recent Stuides in English Renaissance Drama, Lincoln, NE, University of Nebraska Press, 1973; p. 182.