ジョン・ロバート・カー
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ジョン・ロバート・カー(英語: John Robert Kerr、1914年9月24日 – 1991年3月24日)は、第13代のニューサウスウェールズ州の最高裁判事であり、第18代のオーストラリアの総督。
生涯[編集]
シドニーの労働者階級に生まれる。シドニー大学卒業後に労働党に入って政治活動を始めた。
1974年には、オーストラリアの総督に就任した。
1975年、上院での予算案審議の拒絶を理由にカーはオーストラリア憲法64条の規定に則ってゴフ・ホイットラム首相を罷免した。憲法には違反しないものの、総督が従うべきと考えられていた憲法的慣習にそぐわない行為であったため、物議を醸した。
体調不良を理由に、1977年12月に総督を辞職した。後にカーをユネスコ大使に推薦する声が寄せられたが、当時の労働党の党首だったビル・ハイドンは反対を表明し、この計画は頓挫した。
その後、カー夫妻はオーストラリアを離れ主にヨーロッパに滞在する様になったが、特に大きな行動をとる事も無く、1991年に亡くなった。
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