ジョン・ファンルーン

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John-van-loen.jpg
名前
愛称 レッドバロン、灯台、街灯[1]
ラテン文字 John van Loen
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
生年月日 (1965-02-04) 1965年2月4日(52歳)
出身地 ユトレヒト
身長 193cm
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
オランダの旗VVO '65
オランダの旗UVVユトレヒトオランダ語版
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1983-1988 オランダの旗FCユトレヒト 116 (44)
1988-1990 オランダの旗ローダJC 56 (25)
1990-1991 ベルギーの旗RSCアンデルレヒト 25 (3)
1991-1993 オランダの旗アヤックス・アムステルダム 37 (11)
1992-1995 オランダの旗フェイエノールト 54 (17)
1995 日本の旗サンフレッチェ広島 36 (9)
1995-1998 オランダの旗FCユトレヒト 50 (7)
1998 キプロスの旗APOELニコシア 0 (0)
代表歴2
1985-1990 オランダの旗 オランダ 7 (1)
監督歴
1998-2002 オランダの旗ユトレヒトユースコーチ
2002-2008 オランダの旗ユトレヒトアシスタントコーチ
2011-2012 オランダの旗CSVアペルドールンオランダ語版監督
1. 国内リーグ戦に限る。2007年6月6日現在。
2. 2007年6月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヨハネス・マリア・ファンルーン(Johannes Maria van Loen、1965年2月4日 - )は、オランダ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

来歴[編集]

現役時代[編集]

地元のクラブVVO'65でサッカーを始め、後にUVVユトレヒトで本格的にサッカーを学ぶ。当時、同クラブにはマルコ・ファン・バステンも在籍し、2人は将来を有望視されていた。

1983年、エールディヴィジFCユトレヒトとプロ契約しキャリアをスタート。翌年にはレギュラーを掴み、以降主力として活躍する。1985年KNVBカップ決勝戦で唯一の得点を挙げ同クラブ優勝に貢献。同年にオランダA代表に初選出され、1985年11月20日メキシコW杯予選対ベルギー戦で代表デビューした。

その活躍から1988年ローダJCに移籍し主力として活躍。1989年4月4日テストマッチ対イスラエル戦で代表唯一のゴールを決めている。1990年イタリアW杯に挑むレオ・ベーンハッカー率いるA代表に選出され、同年6月29日グループリーグ第3戦対アイルランド代表戦1試合のみ出場。

その年の夏にベルギー1部の名門RSCアンデルレヒトに移籍するもののあまり活躍できず、そこへアヤックス・アムステルダムのベーンハッカーが獲得に動き、アヤックスへ入団することになった。ただベーンハッカーはクラブを離れルイス・ファン・ハールが監督に就任することとなり、良好な関係を保て試合出場を重ねるも、翌年足首を怪我し出場機会が減っていった。そこへライバルであるヴィレム・ファン・ハネヘム率いるフェイエノールトからオファーがあり移籍するも、ポジション争いに勝てずレギュラーにはなれなかった。

フェイエノールトOBのビム・ヤンセンとの縁で1995年3月、高木琢也の怪我でセンターフォワード不足になったJリーグ・サンフレッチェ広島にレンタル移籍で加入、1年のみプレーした。

そしてフェイエノールトへ一時復帰し、同シーズン中に降格圏内にいた古巣であるユトレヒトに復帰、3シーズン在籍しチームを降格から救った。

その後はキプロスのAPOELニコシアへ移籍するもの古傷の足首の負傷から6ヶ月プレーできず、シーズン終了後に現役引退。

指導者時代[編集]

引退後はFCユトレヒトでユースコーチを務め、2002年からトップチームのアシスタントコーチとして活躍、フォエク・ブーイオランダ語版やファン・ハネヘムの下でコーチ経験を積んだ。2008年ファン・ハネヘム監督解任に伴い、契約解除された[2]。2011-12シーズンにはアマチュアクラブのCSVアペルドールンオランダ語版監督、兼務する形でスパルタ・ロッテルダムでストライカーコーチとして活躍した[3]

2013年現在は、アマチュアクラブのローダ '46オランダ語版に所属[4]、地元で少年サッカーを中心とした指導者として、並行してTV解説者として活躍している。

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
1983-84 ユトレヒト エールディヴィジ 2 0
1984-85 ユトレヒト エールディヴィジ 22 5
1985-86 ユトレヒト エールディヴィジ 30 15
1986-87 ユトレヒト エールディヴィジ 31 11
1987-88 ユトレヒト エールディヴィジ 31 13
1988-89 ローダ エールディヴィジ 31 8
1989-90 ローダ エールディヴィジ 25 17
ベルギー リーグ戦 リーグ杯 ベルギー杯 期間通算
1990-91 RSCアンデルレヒト 1部 26 3
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
1991-92 アヤックス エールディヴィジ 30 7
1992-93 アヤックス エールディヴィジ 7 1
1992-93 フェイエノールト エールディヴィジ 16 4
1993-94 フェイエノールト エールディヴィジ 23 9
1994-95 フェイエノールト エールディヴィジ 15 4
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
1995 広島 - J 36 9 - 1 0 37 9
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
1995-96 フェイエノールト エールディヴィジ 0 0
1995-96 ユトレヒト エールディヴィジ 14 1
1996-97 ユトレヒト エールディヴィジ 25 6
1997-98 ユトレヒト エールディヴィジ 12 0
キプロス リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
1998 ニコシア 1部 0 0
通算 オランダ エールディヴィジ 314 101
ベルギー ジュピラーリーグ 26 3
日本 J 36 9 0 0 1 0 37 9
キプロス 1部 0 0
総通算 376 113

脚注[編集]

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  1. ^ John van Loen, de Rode Baron”. Doordebenen. 2013年5月27日閲覧。
  2. ^ Van Loen begrijpt het nog steeds niet”. GOAL.com (2008年12月15日). 2013年5月27日閲覧。
  3. ^ John van Loen ambassadeur van Make-a-Wish”. sport-promotion.nl (2012年9月27日). 2013年5月27日閲覧。
  4. ^ 2013年3月“特別講座”のご案内”. 向笠塾. 2013年5月27日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]