ジョン・パティトゥッチ

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2007年3月

ジョン・パティトゥッチ(John Patitucci, 1959年12月22日 - )はアメリカ人ベーシスト作曲家音楽家である。

略歴[編集]

ニューヨーク市ブルックリンでイタリア系の家系に生まれ、10歳からエレクトリック・ベースを、15歳からはアコースティック・ベースを演奏するようになる。 スタジオ・ミュージシャンとして数々のセッションに参加。B.B.キングジョージ・ベンソンなどのバックを務めた。

1985年チック・コリアの「エレクトリック・バンド」に参加。

1987年には、チックの参加を得てデビューアルバム『ジョン・パティトゥッチ』を発表。6弦ベースの高音域での高速フレーズをオーバーダビングする演奏は、ギターのソロと聞き間違えられるほどであった。

1988年デイブ・ウェックルとのコンビでマンハッタン・ジャズ・クインテットに参加。

1989年には「エレクトリック・バンド」が「アコースティック・バンド」に進化、エレクトリック・ベースをアコースティック・ベースに持ち替えても同様のテクニックを見せた。その後1991年にチックの元から離れてからも、自己のバンドとセッションワークの両方を精力的にこなす。

2000年にはドラムのブライアン・ブレイドと共にウェイン・ショーターのグループに参加。2001年には同じコンビでハービー・ハンコックの「Directions in Music」に参加。その後も、チック、ウェイン、ハービーら大御所との共演は断続的に続いた。

2002年からは、ニューヨーク市立大学で教職にもついている。

フュージョンからストレート・アヘッドなジャズまで幅広くこなし、共演ミュージシャンは他にもマイケル・ブレッカーゲイリー・バートンスティーヴ・カーンマイク・スターンジョン・スコフィールドアル・ディ・メオラなどの若手・中堅から、スタン・ゲッツハンク・ジョーンズドン・フリードマンらベテランまで、さらにはスティングナタリー・コールなどのポップ・ミュージシャンやミルトン・ナシメントイヴァン・リンスなどのブラジル系のミュージシャンにまで及び、押しも押されもせぬトップ・ベーシストとなった。

ディスコグラフィ[編集]

  • ジョン・パティトゥッチ・デビュー! - John Patitucci (GRP) 1987年
  • オン・ザ・コーナー - On the Corner (GRP) 1989年
  • スケッチブック - Sketchbook (GRP) 1990年
  • Heart of the Bass (Stretch) 1992年
  • アナザー・ワールド - Another World (GRP) 1993年
  • ファイン・ミキスチャー - Mistura Fina (GRP) 1995年
  • One More Angel (Concord) 1997年
  • Now (Concord) 1998年
  • Imprint (Concord) 2000年
  • コミュニオン - Communion (Concord) 2001年
  • Songs, Stories & Spirituals (Concord) 2003年
  • ライン・バイ・ライン - Line by Line (Concord) 2006年
  • リメンブランス - Remembrance (Concord) 2009年
  • Brooklyn (Three Faces) 2015年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]