ジョン・バーケット

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ジョン・バーケット
John Burkett
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州ニューブライトン
生年月日 (1964-11-28) 1964年11月28日(52歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
211 lb =約95.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 MLBドラフト6巡目でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名
初出場 1987年9月15日
最終出場 2003年9月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョン・デビッド・バーケットJohn David Burkett, 1964年11月28日 - )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州ニューブライトン出身の元MLBの選手(投手)。右投右打。


経歴[編集]

ジャイアンツ[編集]

1983年ドラフト会議サンフランシスコ・ジャイアンツから6巡目で指名され入団。1987年9月15日にメジャーデビュー。1988年から2年間はマイナー暮らしが続いたが、1990年に約3年振りにメジャーに昇格。ジャイアンツの先発ローテーション入りを果たして、14勝7敗、防御率3.79の成績を残し、新人王投票では4位の活躍をした。1993年は初めてのオールスターに選出されるなど22勝を挙げる活躍を見せ、チームが最後まで地区優勝を争ったアトランタ・ブレーブストム・グラビン最多勝のタイトルを分け合った。しかし1994年は打線の援護に恵まれず、おまけにストでシーズン中断したため6勝8敗に終わり、シーズン連続二桁勝利は4年でストップした。12月22日リッチ・オーリリアデジ・ウィルソン(後に阪神でプレイ)との交換トレードでテキサス・レンジャーズへ移籍。しかし開幕直前の1995年4月9日に創設3年目のフロリダ・マーリンズへ移籍。

マーリンズ・レンジャーズ[編集]

バーケットはロサンゼルス・ドジャース戦で開幕投手に抜擢され、チーム最多の14勝を挙げるなどエースの働きを見せた。1996年8月6日の時点で6勝10敗と不振、8月8日ライアン・デンプスターリック・ヘリング後日発表選手として9月3日に移籍)との交換トレードで地区優勝を目指して先発投手の補強を進めていたテキサス・レンジャーズへ再び移籍。移籍後初登板となった8月11日トロント・ブルージェイズ戦で完封勝利するなど、レンジャーズの球団創設初の地区優勝に貢献した。自身初のポストシーズンでもあるニューヨーク・ヤンキースとのディビジョンシリーズ第1戦に先発。デビッド・コーンとの対決を完投勝利で収めたが、チームはその後ディーン・パーマー三塁手のサヨナラ失策などで連敗、1勝3敗で敗退した。レンジャーズはその後のプレーオフ進出しても必ずヤンキースと当たって一度も勝てず、ディビジョンシリーズ9連敗という不名誉な記録を樹立した。バーケット自身も故障がちで1997年から3年連続9勝留まりで、中でも1998年はリーグワーストの123自責点という不名誉な記録で不振が続いた。2000年1月17日FAタンパベイ・デビルレイズと契約。しかし、開幕直前の3月29日自由契約となった。

ブレーブス・レッドソックス[編集]

開幕直後の4月2日トミー・ジョン手術で全休となったジョン・スモルツの穴埋めとしてアトランタ・ブレーブスと契約。背番号もそれまで着けていた『33』から心機一転『19』を着けることとなった。先発と中継ぎで4年振りの二桁となる10勝を挙げた。2001年は12勝、自己最多の187奪三振と自己最良の防御率3.04で8年振りのオールスターに選出されるなど活躍し、チームの地区優勝に貢献。しかしチームはリーグチャンピオンシップシリーズで創設4年目のアリゾナ・ダイヤモンドバックスに1勝4敗で敗退した。

12月19日、FAでボストン・レッドソックスに移籍。2002年に13勝、2003年に12勝を挙げたが、因縁のヤンキースとのリーグチャンピオンシップを最後に引退した。


特技はボウリングで、パーフェクトを12回達成するなどプロ級の腕前である。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

受賞歴・記録[編集]

外部リンク[編集]