ジョン・ハワード (初代ノーフォーク公)

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ジョン・ハワード

初代ノーフォーク公ジョン・ハワード(John Howard, 1st Duke of Norfolk, 1420年? - 1485年8月22日)は、イングランドの貴族。ロバート・ハワード卿とマーガレット・モウブレー(ノーフォーク公トマス・モウブレーの娘)の息子として生まれた。ヘンリー8世の第2王妃アン・ブーリンと第5王妃キャサリン・ハワードは曾孫、エリザベス1世は玄孫。「ノーフォークのジャック」(もしくは「ジョッキー」)と呼ばれていた。

エドワード4世の治下では国王の庇護を受け、ノリッジ城の城主、ノーフォークサフォークの治安官、王室の会計管理を任されていた。また、1483年エドワード5世の退位問題の際には追い落とす側のリチャード3世を支持したため、その功でノーフォーク公に列せられ、御馬伯(Earl Marshal)、イングランド王家の全支配地域(イングランド、アイルランドアキテーヌ)の海軍司令長官に任じられている。

しかし、1485年5月22日のボズワースの戦いでリチャード3世と共に戦死した。テッドフォードの小修道院に埋葬されたが、後の宗教改革の際にどこか(恐らくフラムリンガム教会の孫・トマス・ハワードの墓所だろう)に移葬されてしまった。彼の墓所は分からなくなってしまったが、最初の妻キャサリン・モリンズの真鍮記念碑だけは今でもサフォークで見る事ができる。

死後、ノーフォーク公爵はヘンリー7世に剥奪され、子のトマスロンドン塔に投獄された。後にトマスは釈放されたが、ノーフォーク公を取り戻すには1514年を待たなければならなかった。

ボズワースの決戦前夜にトマス・スタンリー男爵ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーの中立を暗示するメモが手元に残されたと言われるが、真偽は不明。

家族[編集]

1442年にキャサリン・モリンズ(1424年 - 1465年、ウィリアム・ドゥ・モリンズとマージョリー・ウェルズブラウの娘)と結婚、6人の子を儲けた。

  1. トマス(1443年 - 1524年)
  2. アン(? - ?) - エドマンド・ゴーゲスと結婚
  3. イサベル(? - ?) - サー・ロバート・モーティマーと結婚
  4. ジョン(? - 1508年)
  5. マーガレット(? - ?) - サー・ジョン・ウィンダムと結婚
  6. ニコラス(? - ?)

1467年にマーガレット・チェドワース(1436年 - 1494年、ジョン・チェドワース卿とマーガレット・バウエットの娘)と再婚、娘を1人儲けた。

  1. キャサリン(? - 1536年) - バーナーズ男爵ジョン・バウチャーと結婚
公職
先代:
グロスター公
海軍司令長官
Lord High Admiral

1483年 - 1485年
次代:
オックスフォード伯
先代:
ヨーク公
御馬伯
Earl Marshal

1483年 - 1485年
次代:
ノッティンガム伯
イングランドの爵位
先代:
新設
ノーフォーク公
1483年 - 1485年
次代:
トマス・ハワード
先代:
アン・モウブレー
モウブレー男爵