ジョン・ウィリアムズ (宣教師)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ジョン・ウィリアムズ (宣教師)
ジョン・ウィリアムズの肖像画(ジョージ・バクスター画、1843年)

ジョン・ウィリアムズ(John Williams、1796年6月29日[1] - 1839年11月20日)はロンドン近郊に生まれたロンドン伝道協会英語版[2][3]宣教師。南洋諸島の小さい島を巡回して布教活動を行った。現在でも南洋諸島の各地に彼の布教の跡が数多く残されている。

年譜[編集]

  • 1816年にロンドン伝道協会により宣教師に任命される。
  • 1817年に妻と仲間と共にソシエテ諸島へ渡る。
  • 1821年にクック諸島アイツタキ島へ上陸して伝道を行なった。
  • 1830年ごろサバイイ島を訪れる。
  • 1830年ごろニウエ島にキリスト教を広めるために島の若者2人を拉致して宣教師に育てようと試みるが失敗した。この2人は翌年にニウエ島に戻されたが拉致されていた時に感染した赤痢やインフルエンザなどの病気を持ち込んでしまいニウエ島の人口の半数以上が死亡したと言われている[誰によって?]
  • 1839年にバヌアツイロマンゴ島人食い人種に襲われて殺され、その遺体は食べられた[4]。ロンドン宣教師協会からは殉教死と認定される。
  • 1839年にラロトンガ島に記念碑が建てられる。この記念碑は2006年現在も現存している。

脚注[編集]

  1. ^ ジョン ウィリアムズとは - コトバンク
  2. ^ ロンドン伝道協会(ロンドンでんどうきょうかい)とは - コトバンク
  3. ^ ロンドン伝道協会とは - 世界宗教用語 Weblio辞書
  4. ^ エロマンガ島の食人部族の子孫、170年前に先祖が食べた宣教師の子孫に謝罪 - GIGAZINE