ジャン=ヴィクトール・ベルタン

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ジャン=ヴィクトール・ベルタン
(画)ロベール・ルフェーブル

ジャン=ヴィクトール・ベルタン (Jean-Victor Bertin、1767年3月20日[1] - 1842年6月11日)はフランスの画家である。風景画を得意とし、イタリアの風景などを描いた。

略歴[編集]

パリでかつら職人の息子に生まれた。子供時代から絵の才能を示し、父親は風景画家のピエール=アンリ・ド・ヴァランシエンヌに学ばせ、基礎的な訓練を受けることによって、1875年に王立絵画彫刻アカデミーに入学が許され、ガブリエル=フランソワ・ドワイアンの学生となった。1875年から1793年まで技術コンクール( 'concours d'émulation')に出展し、フランス革命の後、サロン・ド・パリが公募制の展覧会になった後、毎年出展するようになり、1799年に佳作、1808年に金賞を受賞した。

1811年から1817年の間、大トリアノン宮殿フォンテーヌブロー城の整備のために多くの作品の依頼を受け、民間の有力者からも注文を受けた。

1922年に、レジオンドヌール勲章を受勲した。

ベルタンの教えた学生[編集]

作品[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • Charles Gabet, Dictionnaire des artistes de l'école française au XIXe siècle, Paris, 1831, pp. 54-56.
  • Suzanne Gutwirth, « Un paysagiste néo-classique (1767-1842) », Gazette des beaux-arts, juin 1974.