ジャン=マルク・エロー

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フランスの旗 フランスの政治家
ジャン=マルク・エロー
Jean-Marc Ayrault
2013 Planete PME CGPME Jean-Marc Ayrault.JPG
2013年6月18日
生年月日 (1950-01-25) 1950年1月25日(70歳)
出生地 Flag of France (1794–1815, 1830–1958).svg フランス メーヌ=エ=ロワール県モレヴリエ
出身校 ナント大学
前職 ドイツ語教諭
所属政党 社会党
称号 旭日大綬章[1]
配偶者 ブリジット・エロー

フランスの旗 フランス共和国
20代目首相
内閣 第1次ジャン=マルク・エロー内閣
第2次ジャン=マルク・エロー内閣
在任期間 2012年5月15日 - 2014年3月31日
大統領 フランソワ・オランド

フランスの旗 フランス共和国
23代目外相
内閣 第2次マニュエル・ヴァルス内閣
ベルナール・カズヌーヴ内閣
在任期間 2016年2月11日 - 2017年5月10日
大統領 フランソワ・オランド

フランスの旗 フランス共和国
ナント都市共同体議長
在任期間 2001年1月1日 - 2012年6月21日

Drapeau de Nantes.svg ナント
市長
在任期間 1989年3月18日 - 2012年6月21日

フランスの旗 フランス共和国
国民議会議員
選挙区 ロワール=アトランティック県第3選挙区
当選回数 7回
在任期間 2012年6月20日 - 2012年7月20日

その他の職歴
フランスの旗 フランス共和国
国民議会議員

1988年6月23日 - 2012年6月15日
Blason ville fr Saint-Herblain (Loire-Atlantique).svg サン=テルブラン
市長

1986年4月2日 - 1988年5月14日
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ジャン=マルク・エローフランス語: Jean-Marc Ayrault1950年1月25日[2]から)はフランスの政治家。社会党所属。フランソワ・オランド政権で20代目フランス首相と23代目フランス外相を務めた。1997年から20代目フランス首相就任まで国民議会の社会党会派(2007年からは合同会派)の長も務めた。

人物[編集]

出生から政治家になるまで[編集]

1950年1月25日にフランスのメーヌ=エ=ロワール県モレヴリエの労働者の家庭に誕生する。地元の聖ジョセフ・カトリック中等学校で基礎教育を受け、ショレのリセ・コルベールに進学した[3]のち、ナント大学でドイツ語を学んだ。1969年から1970年にかけての1学期(半年)をドイツヴュルツブルク大学で過ごした。1971年にドイツ語学士の学位を得て卒業し、翌1972年に中等教育の教員適性証明を取得した。ルゼで教員に仮採用されている時期、ナント地域にとどまった。1973年から1986年フランス国民議会選挙の間にエローはドイツ語教師として近郊のサン=テルブランで働いた[4]

政治キャリア[編集]

エローは青年期に農村部の青年キリスト教会のメンバーであった。フランソワ・ミッテランがリーダーシップをとり、フランスの社会主義者が大同団結した1971年のエピネー大会に参加した。エローは、左派グループの1つであるジャン・ポプランの党派と結びついた。1976年ロワール=アトランティック県議会の議員に選出された、ついで1977年ナント市西郊のサン=テルブランの市長に就任した。27歳というのは人口3万人以上のコミューンの首長としては最年少であった。1982年にエローは県議会を離れた。

ナントの社会党党大会でオランドと手をつなぐエロー(2011年)

エローは社会党国民委員に就任の後、1981年に党の書記に就任した。1986年国民議会総選挙にロワール=アトランティック県選出の議員として初当選し、1988年フランス議会総選挙でも再選した。1989年には共和国連合のミシェル・ショーティーが市長職を保持していたナント市長選挙に社会党候補として出馬し当選した。以後20年以上その職にある。1995年2001年2008年に再選した。エローが市長に就任した時のナントは地域経済が停滞していたが、1995年にクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」を開催し、芸術による町おこしに乗り出す。その結果、フランス国鉄の予算管理部門、フランス郵政公社の金融管理部門など法人がナントに事業所を設けるようになり、市の経済は好転した[5]。一方で1997年にナント市のフランス社会党支持者への利益供与の容疑で告発され、執行猶予付きの有罪判決を受けている[6]2002年からナント都市共同体の議長も務めた。

1997年フランス議会総選挙での左派連合の勝利の後、エローは政府閣僚に指名されなかった代わりに、リオネル・ジョスパン首相就任に伴って発足した国民議会におけるフランス社会党国民議会議員団の団長に任命された。

フランス首相[編集]

エローは大統領候補を選出する2011年のフランス社会党党首選挙ではフランソワ・オランドを支援した。オランドは2012年フランス大統領選挙に当選し、2012年5月15日の政権発足に際してエローをフランス首相に指名した。オランドが大統領候補になるまでエローが熱心に支援をしており、オランドの重要な側近の1人であることと、またエローはドイツ語教師をしていた経歴などからフランス政界ではドイツ通として知られ、ヨーロッパ通貨危機を乗り越えるためのドイツとの一層密な連携が期待できることなどが首相指名の理由だと内外のメディアでは考えられている[7]

2014年3月の統一地方選挙でフランス社会党は大敗し、これを受けてエローは3月31日にフランス首相を辞任した。オランドは後任に第2次ジャン=マルク・エロー内閣フランス内相を務めたマニュエル・ヴァルスを任命した[8]

フランス外相[編集]

ジャン=マルク・エロー内閣でフランス外相を務めたローラン・ファビウス元首相はエローの首相辞任後も第1次マニュエル・ヴァルス内閣に留まったが、2016年2月11日に行われた第2次マニュエル・ヴァルス内閣の改造で退任した。この内閣改造で後任としてエローが外務・国際開発大臣(ヴァルス内閣での正式名称)に就任し、以後フランソワ・オランド政権の退陣までヴァルス及び後任となるベルナール・カズヌーヴ首相の時代に大臣を務めた。

年譜[編集]

地方[編集]

国政[編集]

  • 1986年-:国民議会議員
    • 1988年6月5日(初当選)
    • 1997年6月1日(再選)
    • 2002年6月12日(再選)
    • 2007年6月17日(任期は2012年まで)
  • 1997年-:社会党国民議会議員団団長
  • 2012年5月15日-:フランス共和国首相
  • 2014年3月31日(辞職)
  • 2016年2月11日 - フランス共和国外相

アラビア語表記問題[編集]

ジャン=マルク・エローがフランス首相に指名されると、各国の報道機関がこれを報道したが、アラビア語メディアは報道に困惑した。Ayrault のフランス語の正確な発音(/eʁo/)は、多くの国の口語アラビア語では男性器を意味する言葉に三人称単数形所有格の代名詞を付加されたもので、すなわち「彼の男性器」という意味に聞こえるからである。これに対してフランスの外務・ヨーロッパ問題省は/eʁo/の音写では無く、発音しない最後の2文字の(黙字)「lt」も綴りに加える解決案を示した[9]

脚注[編集]

  1. ^ 旭日大綬章に坂本剛二氏ら=俳優の大村崑さん小綬章-秋の叙勲 時事通信 2017年11月3日
  2. ^ Patrick Roger, |"Jean-Marc Ayrault, le "réformiste décomplexé"", Le Monde, 15 May 2012 (フランス語).
  3. ^ Jean-Marc Ayrault”. 2012年5月15日閲覧。
  4. ^ Biographical note on the website for w:Nantes”. 2012年6月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月15日閲覧。
  5. ^ 音楽は街を活性化する人口28万のフランス地方都市が元気なワケ日経ビジネス2007年2月14日(2012年5月18日閲覧)
  6. ^ 仏の新首相“ドイツ通”のエロー氏NHK2012年5月16日(5月18日閲覧)
  7. ^ フランス:新首相にエロー氏任命毎日新聞2012年5月16日(5月18日閲覧)
  8. ^ “フランス地方選惨敗でエロー首相辞任、新首相にバルス内相”. ロイター (ロイター). (2014年4月1日). http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYEA2U07J20140331 2014年4月1日閲覧。 
  9. ^ France’s Ayrault Creates Anatomical Challenge for Arab Press2012年5月16日(2012年5月21日閲覧)

著作[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
ミシェル・ショティフランス語版
Blason ville fr Saint-Herblain (Loire-Atlantique).svg サン=テルブラン市長
1977年 - 1989年
次代:
シャルル・ゴーティエフランス語版
Nantes.svg ナント市長
1989年 - 2012年
次代:
パトリック・ランベールフランス語版
新設 ナント都市共同体議長
2001年 - 2012年
次代:
ジル・ルティエールフランス語版
先代:
フランソワ・フィヨン
フランスの旗 フランス共和国首相
第五共和政第20代:2012年 - 2014年
次代:
マニュエル・ヴァルス
先代:
ローラン・ファビウス
フランスの旗 外務・国際開発大臣
第五共和政第23代:2016年 - 2017年
次代:
ジャン=イヴ・ル・ドリアン
党職
先代:
ローラン・ファビウス
国民議会社会主義・急進・市民・諸左派グループ会長
1997年 - 2012年
次代:
ブリュノ・ル・ルーフランス語版