ジャン=マリー・ロラン

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ジャン=マリー・ロラン

ラ・プラティエール子爵ジャン=マリー・ロラン: Jean-Marie Roland, vicomte de La Platière 1734年2月18日 - 1793年11月15日)は、フランス革命期の政治家。ジロンド派の指導者であるマノン・ロランの夫で、1792年に内務大臣となるが、完全に妻の言いなりだった。1793年に失脚すると逃亡するが、妻の処刑を聞いて自殺した。

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