ジャン・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ

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ジャン・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュJean de La Tour d'Auvergne, 1467年 - 1501年3月28日)は、フランスの貴族。オーヴェルニュ伯およびロラゲ伯(1497年 - 1501年)。カトリーヌ・ド・メディシスの母方の祖父にあたる。

オーヴェルニュ伯およびブローニュベルトラン6世フランス語版とその妻でギーヌ伯ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユの娘ルイーズの間の長男として生まれた[1]。オーヴェルニュ伯としては「ジャン3世(Jean III)」と「ジャン4世(Jean IV)」の2通りの呼び方がある。この序数の不統一はオーヴェルニュ女伯ジャンヌ2世の最初の夫となったベリー公ジャン1世を「ジャン3世(Jean III)」としてオーヴェルニュ伯の系譜に数えるか否かによる。

1495年1月11日にブルボン公ジャン2世の未亡人ジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドームと結婚した。伯爵夫妻の間には2人の娘が生まれた。

脚注[編集]

  1. ^ Miroslav Marek (2003年10月15日). “Jean III, Cte d'Auvergne et de Lauraguais(de La Tour2:C1)”. genealogy.euweb.. 2012年10月17日閲覧。