ジャラールッディーン (ジョチ家)
表示
| ジャラールッディーン | |
|---|---|
| ジョチ・ウルスのハン | |
| 在位 | 1411年 - 1412年 |
| 死去 |
1412年 |
| 家名 | トカ・テムル家 |
| 王朝 | ボルジギン氏(ジョチ家) |
| 父親 | トクタミシュ |
ジャラールッディーン(ペルシア語: جلال الدین خان ابن تقتمش、生没年:? - 1412年)は、1411年から1412年にかけてのジョチ・ウルスのハン。14世紀末にジョチ・ウルスの再統一に成功したトクタミシュ・ハンの子。
生涯
[編集]ジャラールッディーンの父のトクタミシュ・ハンはかつてジョチ・ウルスの再統一に成功しながら、中央アジアのティムールと対立して没落した人物であった。トクタミシュは没落後もリトアニアの支援を受けてジョチ・ウルス君主の座を再度狙っており、傀儡ハンを擁立してジョチ・ウルスの実権を握ったマングト部のエディゲとの間で20年近くに渡って抗争が繰り広げていた[1]。
しかし、1399年のヴォルスクラ川の戦いで敗れたトクタミシュは劣勢となり、ハン位を取り戻せないままに1405年〜1407年頃死去した[2]。トクタミシュの後を継いだのがジャラールッディーンで、ジャラールッディーンはエディゲとの抗争を続ける一方で、1410年にはリトアニア大公の指揮下でタンネンベルクの戦いにも参加するなど、各所で活躍していた[3]。

一方、この頃エディゲの傀儡ハンであったテムルは現状に不満を募らせ、ヒジュラ暦814年初め(1411年)にエディゲを攻撃し、エディゲはホラズム地方に逃れざるをえなくなった[3]。これを好機と見たジャラールッディーンはリトアニアの支援を受けたジョチ・ウルスに帰還し、テムル・ハンを打倒してトクタミシュ家にハン位を取り戻した[3]。
しかし、ロシアの『ニコン年代記』によると、ジャラールッディーンは在位1年にして弟のカリーム・ベルディに殺害されてしまったという[4]。
トカ・テムル王家
[編集]- ジョチ(Jöči >朮赤/zhúchì,جوچى خان/jūchī khān)
- トカ・テムル(Toqa temür >توقا تیمور/tūqā tīmūr)
- ウルン・テムル(Urung temür >اورنك تيمور/ūrunk tīmūr)
- サルチャ(Sarča >اجيقی/sārīja)
- コンチェク(Gönčeg >کونجه/kūnjīk)
- トゥグルク・ホージャ(Tuγluq khwaja >تيمور خواجه/tughluq khwāja)
- トイ・ホージャ(Toy khwaja >بادق/tūy khwāja)
- トクタミシュ・ハン(Toqtamiš qan >توقتاميش خان/tūqtāmīsh khān)
- ジャラールッディーン(Jalal al-Din qan >جلال الدین خان/jalāl al-dīn khān)
- トクタミシュ・ハン(Toqtamiš qan >توقتاميش خان/tūqtāmīsh khān)
- トイ・ホージャ(Toy khwaja >بادق/tūy khwāja)
- トゥリク・テムル(Tuliq temür >تيمور خواجه/tūlik tīmūr)
- トゥグルク・ホージャ(Tuγluq khwaja >تيمور خواجه/tughluq khwāja)
- コンチェク(Gönčeg >کونجه/kūnjīk)
- サルチャ(Sarča >اجيقی/sārīja)
- ウルン・テムル(Urung temür >اورنك تيمور/ūrunk tīmūr)
- トカ・テムル(Toqa temür >توقا تیمور/tūqā tīmūr)
系図
[編集]ジョチから大オルダまでの系図
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]書籍
[編集]- 赤坂恒明『ジュチ裔諸政権史の研究』風間書房、2005年2月28日。ISBN 978-4759914979。
- 小澤 実 (著, 編集), 長縄 宣博 (著, 編集)『北西ユーラシアの歴史空間』北海道大学出版会〈スラブ・ユーラシア叢書12〉、2016年4月20日。ISBN 978-4832968219。
論文
[編集]- 川口琢司「ジョチ・ウルスにおけるコンクラト部族」『ポストモンゴル期におけるアジア諸帝国に関する総合的研究』2002年。
- 坂井弘紀「ノガイ・オルダの創始者エディゲの生涯」『表現学部紀要』第8号、和光大学表現学部、2007年、31-49頁、ISSN 1346-3470、NAID 40015988344。
- 中村仁志「ロシア史における大オルダ」『關西大學文學論集』第69巻第2号、關西大學文學會、2019年9月、1-17頁、ISSN 0421-4706、NAID 120006726665。
- 中村仁志「大オルダの興隆 : クチュク=ムハンマドと息子たち」『關西大學文學論集』第70巻第3号、關西大學文學會、2020年12月、1-18頁、ISSN 0421-4706、NAID 120006949044。
- 長峰博之「「カザク・ハン国」形成史の再考:ジョチ・ウルス左翼から「カザク・ハン国」へ」『東洋学報』第90巻第4号、東洋文庫、2009年3月、441-466頁、ISSN 0386-9067、NAID 120006517053。
|
|
