ジャニーズJr.解散グループ (1990年以降)

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ジャニーズJr.解散グループ(ジャニーズジュニアかいさんグループ)では、ジャニーズ事務所に所属するジャニーズJr.内に過去に存在したグループを取り挙げる。この記事では1990年代のグループを取り挙げる。他の年代についてはジャニーズJr.解散グループ (1990年以前)ジャニーズJr.解散グループ (2000年以降)を参照。

なお、主だったグループや個人については「過去のジャニーズ所属者」、バックバンドグループは「ジャニーズ事務所 過去のバックバンド」、その他関連グループは「ジャニーズ関連企画ユニット」・「ジャニーズ関連OBユニット」の項目をそれぞれ参照。

グループ結成順

SMAP学園[編集]

1990年にテレビ朝日アイドル共和国』の中から生まれたグループ。SMAPのバックダンサーを務めた[1]

メンバー

J-Eleven[編集]

Jリーグによるサッカーブームに合わせ、1993年末に結成。しかし翌1994年いっぱいで自然消滅した。主にサッカーが得意なJr.が参加していたが、メンバーの入れ替わりは非常に流動的で、雑誌に登場する度に構成が違っていた。延べ35名(関西Jr.からは4名)が参加した。

メンバー
  • 佐野瑞樹長野博井ノ原快彦森田剛三宅健大野智町田慎吾原知宏国分博小原裕貴古屋暢一榎本雄太、高木誠一郎、大坂俊介秋山純、喜多見英明、中野俊介、儘田修司、小林勇太、小川直希、三山耕平、十倉太一、真庭力也、木下健明、田島俊明、金子圭悟、佐野恭平、小山雄治、梁田秀一、河内章吾、猪熊務、松田真弥、佐々木大地、山浦豊、中辻宏之、松井宏次、稲光一哉(関西Jr.)、松尾祐樹(関西Jr.)、宮本正寛(関西Jr.)、北川功一郎(関西Jr.)安田麻人
  • 大谷幸生
    映画『シュート!』や、Vシネマ『今日から俺は!!』に出演。
  • 三浦勉
    5歳から児童劇団に入っていた元・子役タレント。「トップアーツプロダクト」へ移籍しバンドミュージシャンに。
  • 近岡健司
    後にサッカー選手になり、イタリアへ渡ってセリエAACペルージャ」のプリマヴェーラ(ユース、練習生)のディフェンダーに。その後、ペルージャの公式スポーツスポンサー「ガレックス」が日本に進出する際に抜擢され、1999年11月に選手を引退。日本に帰国して、20歳の若さでペルージャのアジアマーケット担当に就任。中田英寿のマネージメントなどをしていた。
  • 荒畑良
    兄はモデル兼スケートボーダーの荒畑潤一。
  • 鈴木淳也
    タップダンス担当。1993年2月、ミュージカル『ギャング』出演時にスカウトされた。
  • 星英徳
    後に太田プロダクションに移籍し、「夏芽海」に改名。

剛健コンビ[編集]

1995年当時、人気のあった2名のJr.に対して使われた“俗称”[2][3]。「ゴーケン」と略された。

メンバー

ジャニーズSr.[編集]

1995年より、ジャニーズJr.の年長組だった坂本と長野をメインボーカルに置き、サポートメンバーとして佐野・井ノ原・喜多見・原といった、Jr.内でも長身な6人で結成された。その後、徐々に代理メンバーが混ざるようになったり、新たな二代目Sr.が誕生した。

初代メンバー
初代サポートメンバー
初代サポートメンバーの代理メンバー
二代目メンバー
出演番組

プリッツジュニア[編集]

雑誌『Myojo』の1995年7月 - 9月号にかけて、以下の3名で江崎グリコのお菓子「プリッツ」の宣伝をしたことが名前の由来。

メンバー
  • 原知宏
  • 小原裕貴
  • 女寺豊(関西Jr.)

ハラハラコンビ[編集]

1995年から2名のJr.に対して使われた“俗称”。別名「ハラハラブラザーズ」。

メンバー

金八トリオ[編集]

実際に活動をしたのは初代と第二期のみ。それ以降はTBS系ドラマ『3年B組金八先生 』出演Jr.の総称。なお第1シリーズはたのきんトリオと呼ばれ、第2・3シリーズは人数が足りないためトリオにならなかった。

初代メンバー(1995年10月 - 1996年3月、第4シリーズ)
第二期メンバー(1999年10月 - 2000年3月、第5シリーズ)
第三期メンバー(2001年10月 - 2002年3月、第6シリーズ)
第四期メンバー(2004年10月 - 2005年3月、第7シリーズ)[6]
第五期メンバー(2007年10月 - 2008年3月、第8シリーズ)
「金八Jr.」と呼ばれた[7]。雑誌[要文献特定詳細情報]では亀井・真田・植草の3人で「金八トリオ」と名付けられた[要出典]

怪談トリオ[編集]

1995年にフジテレビ系ドラマ『木曜の怪談』に出演した3人[8][9]

メンバー

W高橋[編集]

1996年、中居正広主演フジテレビ系ドラマ『勝利の女神』に出演した2人で結成。二人とも苗字が同じだったためこのように呼ばれた。

メンバー
  • 髙橋譲
  • 高橋直気

それ行けトリオ[編集]

1996年、日本テレビ系『それ行けKinKi大冒険』で結成。後番組の『それ行けKinKi大放送』にも出演。当初は「はてなトリオ」や「冒険トリオ」という名で呼ばれていた。

メンバー

ヤラえもんず[編集]

1996年の KinKi Kidsのコンサートにて披露された[10]屋良朝幸をリーダーとするユニット。堂本剛ソロ曲「ラップ版ドラえもん」でのバックとして[10]ドラえもんの格好をして踊った。

メンバー

川野バンド[編集]

1997年に川野・山本・小場・森近の4名で結成。メンバーの入れ替えが多く、また一人当たりの担当楽器も多岐に渡っていた。

メンバー
  • 川野直輝(リーダー、ドラム)、小原裕貴(ベース)、小場賢(ベース)、森近政司(キーボード、ギター、ドラム)、穴沢真啓(ギター)、山本真暢(ギター)
サポートメンバー
  • 秋山純(キーボード、アコギ、ドラム)、尾身和樹(ギター、ベース)、鎌田淳(ベース)

B.B.B.[編集]

正式名称は「Best Beat Boys[11]

2000年夏(『ジャニーズジュニア名鑑 2000 SUMMER VOL.8』刊行時)[11]
2001年春(『ジャニーズジュニア名鑑 2001 SPRING VOL.9』刊行時)[12]
  • 越岡裕貴
  • 加藤成亮
  • 増田貴久
  • 服部将也
  • 小森輝明

少年新撰組[編集]

1997年、舞台『KYO TO KYO』('97年夏公演)の出演者として結成。

メンバー

Hi! See Me IN KYOTO[編集]

1997年、舞台『KYO TO KYO』('97年夏公演)の出演者として結成。グループ名を和訳すると「京都で僕たちに会いに来て!」という意味。上記「少年新撰組」と、既存だった関西Jr.によるユニット「B.O.Y.S」の主なメンバーが合体したユニット。 原と大野以外は全員関西Jr.だった。

メンバー

TOKYO[編集]

1997年結成。「TOKYO浜松町」の兄貴分。舞台『KYO TO KYO』('97年秋公演)の出演者として結成。

メンバー

TOKYO浜松町[編集]

1997年結成。舞台『KYO TO KYO』('97年秋公演)の出演者として。

メンバー

翼翔組[編集]

1997年結成[14]。略称は「翼翔(つばしょう)」。ジャニー喜多川の「YOUたち、2人とも飛んでいきそうな名前だからいいじゃない」という提案からこのユニット名になった[14]。当時小柄だったメンバーで結成されたため、「Littleチーム」という別名でも呼ばれていた[14]

メンバー

MAIN[編集]

1997年結成[15]。ミュージカル『Stand By Me』の出演者で結成され[14]、ミュージカルのテーマ曲でもあった「Midnight Train」(男闘呼組のカヴァー)を劇中で揃って歌っていた[14]。1998年2月号の『Wink up』のグラビアでは松本と生田が「B.I.G.[16]、相葉と二宮が「B.A.D.」として登場しているが[17]、同年9月号の同誌では再び「MAIN」として4人でグラビア登場し[18]、夏のコンサートにも「MAIN」として出演している[19]

メンバー[14][20]
出演
  • Stand By Me(1997年7月26日・27日、大阪ドラマシティ / 8月8日 - 21日、アートスフィア)[21]
  • Johnny's Summer Concert(1998年7月29日、大阪城ホール / 8月5日、名古屋レインボーホール / 8月24日、横浜アリーナ[22][19]

小トキオ[編集]

TOKIOの弟分でバックダンスユニット。1997年10月、フジテレビねばぎば!TOKIO』内にて、8名の小学生で初代「小トキオ」を結成。その後、1998年4月には二代目も作られた。なお「小TOKIO」は誤表記。

初代メンバー
  • 服部将也
  • 後町優太
  • 相川勇気
  • 事務所部外者(一般人)
    • ライモンド・アンドレア(後にスカウトされて正式に事務所入り)
    • 佐々木朝、渡部祐希、北見和浩、本間健大
二代目メンバー

B.I.G.[編集]

1998年2月号の『Wink up』で2人組として登場[16]。1998年9月、「B.I.G. East」に新たに5人が加わり、7名で再編成[14]。雑誌『Winkup』では1998年11月号で登場している[23]。その後、同時期にB.I.G.のバックとして結成された「B.B.A.[24]の中から、五関が加入したこともある[14]。グループ名は「Bad Image Generation」の略[14]で、「わんぱく少年」の意味。

メンバー
1998年2月号『Wink up』[16]
1998年9月[23]
最終メンバー
出演
テレビ番組
コンサート
  • Fresh Spring Concert '99(1999年6月20日、大阪城ホール)[25]

MAIKO&お国[編集]

1998年4月に舞台『KYO TO KYO』('98年春公演・4月18日- 7月12日)の出演者として結成。グループ名はそれぞれの頭文字からとられた。国分・鎌田・尾身以外のメンバーが、当時関西Jr.。なお、女寺・清水が追加招集された。清水はそれまで下記の「T.O.P-J」のメンバーだったが、レッスン中の怪我で1998年4月〜6月にかけて療養していたため、新たにこのMAIKOチームでの復帰となった。牧山は9月6日から始まった秋公演で「T.O.P-J」へ移ったが、その後すぐに事務所を退社した。

メンバー
  • M 牧山雄亮(秋公演は、頭文字が「N」にも関わらず女寺豊へ交替)
  • A 粟島瑞丸
  • I 今川晴司
  • K 鎌田淳
  • O 大西由郎
  • & 塩田修(途中から清水大輔へ交替)
  • 尾身和樹
  • 国分博
サポートメンバー
  • 村上信五渋谷すばる、梅北雄也、内川雄希、中嶋慶介(中島省吾(愛知出版))(1998年の春と秋公演のみ参加)

T.O.P-J[編集]

1998年4月、原・大野・田中の3人を主要メンバーとして、舞台『KYO TO KYO』('98年春公演)の出演者として結成(夏公演からサポートメンバーだった北山が加入して4人に)。なお、大野・原以外のメンバーは全員関西Jr.(当時)である。

メンバー
サポートメンバー
  • 福原一哉、高黒徹、小川修平、武藤雅博、後藤大祐、木村廣太郎、清水大輔(レッスン中の怪我により脱退)、中嶋慶介(1998年の夏公演のみ参加)、牧山雄亮(1998年9月6日からの秋公演のみ参加)

ヤングアイドル[編集]

1998年4月に舞台『KYO TO KYO』('98年春公演)の出演者として、当時の関西Jr.のメンバーによって結成(石田のみ名古屋Jr.)。「ヤングジャニーズ」と「B.I.G. West」の前身グループ。

メンバー

ヤングジャニーズ[編集]

1998年4月18日から公演中[26]の舞台『ジャニーズファンタジー KYO TO KYO 春公演』に「ヤングジャニーズ・チーム」として出演することが急遽決定したと告知され[注釈 1]、6月7日の公演で「ヤングジャニーズ with B.I.G - West」として初お披露目された[28][注釈 2]。愛称・ヤンジャニ[29]

メンバー[30]
出演
  • ジャニーズファンタジー KYO TO KYO 春公演(1998年6月7日 - 、シアター1200)[29][31]

B.I.G. WEST[編集]

1998年6月7日の公演で「ヤングジャニーズ with B.I.G - West」としてお披露目された[28]前身グループ「ヤングアイドル」を母体に、当時の関西Jr.のメンバーによって結成(石田のみ名古屋Jr.)[要出典]。「B.I.G. West」と表記されることもある[32]

メンバー
出演
  • ジャニーズファンタジー KYO TO KYO 春公演(1998年6月7日 - 、シアター1200)[28]

B.I.G. East[編集]

1998年6月、舞台『KYO TO KYO』('98年春公演)の出演者で結成された2人組ユニット[14]

メンバー[14]

KYOTO大原村[編集]

1998年7月に、舞台『KYO TO KYO』('98年夏公演)の限定ユニットとして結成された。大野・原・尾身以外は当時関西Jr.

メンバー[28]
出演
  • KYO TO KYOサマーフェスティバル(1998年7月18日 - 8月31日、シアター1200)[28][35]

小KinKi[編集]

1998年7月結成。KinKi Kidsのコンサートでバックダンサーをつとめた[36]

メンバー[36]

チーム未満都市[編集]

読み方は「チームみまんシティ」。1998年、ジャニーズJr.のコンサートにて、KinKi Kidsの楽曲「愛されるより 愛したい」を歌うために結成された。4人とも日本テレビ系ドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』に出演していた。

メンバー

B.B.A.[編集]

宮城、福田・五関・高梨・長谷部の計5名で[24]、上記「B.I.G.」のバックとして結成[14][24]。雑誌『Winkup』では1998年11月号で初登場している[24]。正式名称は「Boys Be Ambitious[14][24]

メンバー変遷
結成メンバー(1998年)[24]
『Kindai』1999年9月号発売時[37]
2000年夏(『ジャニーズジュニア名鑑 2000 SUMMER VOL.8』刊行時)[38]
  • 五関晃一、福田悠太、宮城俊太、東新良和、長谷川純、田中聖
2001年春(『ジャニーズジュニア名鑑 2001 SPRING VOL.9』刊行時)[39]
  • 五関晃一、福田悠太、宮城俊太、東新良和、長谷川純
出演
テレビ番組
コンサート
  • Fresh Spring Concert '99(1999年6月20日、大阪城ホール)[25][42]

B.A.D.[編集]

1998年結成、2004年再結成。

Musical Academy[編集]

FiVe[編集]

1999年に「」のユニット名で結成発表された[43]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 告知時は丸山、横山、村上、錦戸、安田の5名だった[27]
  2. ^ 6月7日公演は横山はドラマ収録のため出られず、滝沢秀明が代役でリーダーを務めた[29]

出典[編集]

  1. ^ a b c “V6井ノ原 初雑誌撮影の全力笑顔で社長が怒「ユー!ひどいよ」”. デイリースポーツオンライン. (2017年1月12日). https://www.daily.co.jp/gossip/2017/01/12/0009822150.shtml 2017年5月20日閲覧。 
  2. ^ 高橋梓 (2015年12月17日). “V6森田&三宅、NEWS手越&増田、セクゾ菊池&中島……“シンメ”の関係性にはどんな物語がある?”. Real Sound. 2017年5月20日閲覧。
  3. ^ V6三宅健 結成時に森田剛入らないならV6やらないと抗議した”. NEWSポストセブン (2014年12月1日). 2017年5月20日閲覧。
  4. ^ a b c d 平本淳也 (2013年9月30日). “「40歳のジャニーズJr.」佐野瑞樹が存在する理由...を平本淳也が解説”. 東京BREAKING NEWS. 2017年5月20日閲覧。
  5. ^ 番組表検索結果”. NHKクロニクル. NHK. 2018年7月8日閲覧。
  6. ^ “金八トリオ 麻薬・自殺未遂 重いテーマに10代が体当たり”. nikkansports.com. (2005年). オリジナルの2005年12月19日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20051219123449/http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/drama_gp/2005/dgp-0507shinjin.html 
  7. ^ a b c d e 「「はじめまして!僕たちが“金八Jr.”ですっ!」」『ポポロ』2008年3月号、麻布台出版社、2008年1月23日、 46-49頁。
  8. ^ 竹上尋子 (2016年7月16日). “嵐の活躍にタッキーは不可欠だった?櫻井翔と滝沢秀明13年ぶりの共演で見えた新たな関係性”. Real Sound. 2017年5月20日閲覧。
  9. ^ こじへい (2017年5月16日). “タッキーの『怪奇倶楽部』が大人気だったあの頃……ドラマ『木曜の怪談』を振り返る (2/3)”. エキレビ. 2017年5月20日閲覧。
  10. ^ a b 放送内容”. 嵐にしやがれ. 日本テレビ (2014年12月13日). 2018年7月1日閲覧。
  11. ^ a b 『ジャニーズジュニア名鑑 2000 SUMMER』8巻 J-STATION、2000年、34-37頁。 
  12. ^ 『ジャニーズジュニア名鑑 2001 SPRING』9巻 J-STATION、2001年、54-59頁。 
  13. ^ a b c d ジャニーズ「翼翔組」「TOKYO浜松町」…今井翼が明かすデビュー前のJr.ユニットに「懐かしさが爆発」と話題”. モデルプレス (2017年2月16日). 2017年5月20日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 木下詩織 (2017年7月21日). “山P×生田斗真や、櫻井翔×今井翼の組み合わせも!? ジャニーズの意外なユニットを振り返る”. dmenuTV. NTTドコモ. 2018年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月8日閲覧。
  15. ^ 向原康太 (2018年5月31日). “生田斗真、TOKIOも驚愕のエリート経歴を披露 「“第2のキムタク”って書かれたんですよ」”. Real Sound. 2018年7月1日閲覧。
  16. ^ a b c 「B.I.G.の、'98年はこんな年にしたい!」『Winkup』1998年2月号、ワニブックス、1998年、 80頁。
  17. ^ 「B.A.D.の、'98年はこんな年にしたい!」『Winkup』1998年2月号、ワニブックス、1998年、 81頁。
  18. ^ 「夏の日に。」『Winkup』1998年9月号、ワニブックス、1998年、 23-28頁。
  19. ^ a b 「Johnny's Junior Gazzette EAST Vol.35 オールジュニア完全燃焼の夏!」『Winkup』1998年10月号、ワニブックス、1998年、 142-143頁。
  20. ^ 生田斗真は“旧”嵐? ジュニア時代の幻ユニットの存在を告白”. モデルプレス (2015年11月5日). 2015年11月7日閲覧。
  21. ^ 『ジャニーズJr.名鑑 1997 SUMMER』2巻 J-STATION、1997年、118-119頁。 
  22. ^ 「Johnny's Junior Gazzette Vol.33 ジュニアの夏コンスケジュールだ!」『Winkup』1998年7月号、ワニブックス、1998年、 145頁。
  23. ^ a b c 「The Latest News!」『Winkup』1998年11月号、ワニブックス、1998年、 78-79頁。
  24. ^ a b c d e f 「Futuristic」『Winkup』1998年11月号、ワニブックス、1998年、 80頁。
  25. ^ a b 「Johnny's Jr. Fresh Spring Concert'99」『Mannish』1999年9月号、双葉社、1999年、 39-40頁。
  26. ^ Biography(関ジャニ∞)1998”. Johnny's net. ジャニーズ事務所. 2018年12月6日閲覧。
  27. ^ a b 「New Kids on Stage」『Winkup』1998年7月号、ワニブックス、1998年、 80-81頁。
  28. ^ a b c d e f g h i 「J.J.J. ジャニーズ ジュニア ジャーナル」『Kindai』1998年8月号、近代映画社、1998年、 108頁。
  29. ^ a b c 「特別ゲストに滝沢秀明×生田斗真×山下智久を迎えて“ヤンジャニ”KYO to KYOデビュー!」『Winkup』1998年8月号、ワニブックス、1998年、 53頁。
  30. ^ 「成長率200%!ヤングジャニーズ in Kyo to Kyo」『Winkup』1998年8月号、ワニブックス、1998年、 54-55頁。
  31. ^ 「Johnny's Junior Gazzette WEST Vol.1 ヤンジャニの魅力全開!『KYO TO KYO』レポート」『Winkup』1998年9月号、ワニブックス、1998年、 166-167頁。
  32. ^ a b 「10000字ロングインタビュー「裸の時代〜僕がJr.だったころ〜」」『Myojo』2012年5月号、集英社、2012年3月23日、 159-163頁。
  33. ^ a b c 関ジャニ∞のレアなデビュー前映像が公開!テレ東「Ya-Ya-yah」も(1/2)”. ザテレビジョン. KADOKAWA (2019年3月19日). 2019年3月21日閲覧。
  34. ^ 「Pick up Graffiti Vol.3 錦戸亮 関西Johnny's Jr.」『Winkup』1998年11月号、ワニブックス、1998年、 73頁。
  35. ^ 「Johnny's Junior Gazzette EAST Vol.2 『Kyo to Kyo』夏公演は“KYOTO大原村”のメンバーが大活躍!」『Winkup』1998年10月号、ワニブックス、1998年、 144頁。
  36. ^ a b 『ジャニーズJr.名鑑 1998 WINTER』5巻 J-STATION、1998年、78-79頁。 
  37. ^ 「4人の性格はバラバラすぎ!?」『Kindai』1999年9月号、近代映画社、1999年、 52-53頁。
  38. ^ 『ジャニーズジュニア名鑑 2000 SUMMER』8巻 J-STATION、2000年、29-33頁。 
  39. ^ 『ジャニーズジュニア名鑑 2001 SPRING』9巻 J-STATION、2001年、54-59頁。 
  40. ^ 「J.J.N.」『Kindai』1999年9月号、近代映画社、1999年、 58-59頁。
  41. ^ 「JOHNNY'S Jr. B.B.A.」『Kindai』1999年9月号、近代映画社、1999年、 ピンナップ。
  42. ^ 「ジャニーズJr.コンサート 春コンの感動を大阪で再現!」『Kindai』1999年9月号、近代映画社、1999年、 57頁。
  43. ^ 「気になる4人の性格は…?」『Kindai』1999年9月号、近代映画社、1999年、 54-55頁。

関連項目[編集]