ジャック・ラジスケ

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ジャック・ラジスケ(Jacques Lagisquet、1903年 - )はフランス人建築家都市計画家ニース出身。主にインドシナで活躍。

経歴[編集]

DPLGを取得し、アンナの市民の建物のサービスに建築家・アシスタント・公共事業として働くために、1929年にフランスを去りインドシナへ。 6年後1935年10月にはフランス極東学院 (EFEO) に出向。 その後、チャム博物館トゥーランの手配の仕事で働き、建築の専門家が不足していたアンコール遺跡群のサービスのインスペクターと学芸員に任命される。その後博物館タインホアを計画開発に参加。この他バン・ド・サーブル住区などを手がける。

1942年にはアンコールでモーリスグレーズ改修を意図したEFEO終身委員に任命されたが、1945年3月までダラットで仕事を続けていく。

1946年7月まで、ダラットに戻った後、インドシナ、コーチンセクターの歴史的建造物の保全をリードしてサイゴンに渡る。

その後、プノンペンの仏教協会の事務局長代行から1947年に博物館アルバートサローの学芸員に任命された。

1948年6月、公共事業のコンサルタントとしてEFEOダラット運営に参画している。

参考文献[編集]

  • Saigon 1698-1998 Architecture/ Urbanisme, thanh pho Ho chi minh: Nha Xu`t ban thanh pho Ho chi minh, 1998
  • Jacques Lagisquet, EFEO