ジャカルタコタ駅

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ジャカルタコタ駅
駅の正面玄関
駅の正面玄関
Jakarta Kota
所在地 インドネシアの旗 インドネシア
ジャカルタ
所属事業者 KRLジャボタベック
駅構造 地上駅
開業年月日 1870年
乗入路線 4 路線
所属路線 レッドライン(ボゴール線)
キロ程 0km(ジャカルタコタ起点)
(1.487km) ジャヤカルタ
所属路線 ブルーライン(ブカシ線)
キロ程 0km(ジャカルタコタ起点)
(1.487km) ジャヤカルタ
所属路線 ピンクライン(タンジュン・プリオク線)
キロ程 0km(ジャカルタコタ起点)
所属路線 フィーダーライン
キロ程 0km(ジャカルタコタ起点)
(1.364km) カンプンバンダン
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ジャカルタコタ駅(ジャカルタコタえき、インドネシア語Stasiun Jakarta Kota)は、インドネシアジャカルタ市の中心部に位置する鉄道駅である。当駅はジャカルタ都市圏の近郊路線網を構築するKRLジャボタベックの最も主要なターミナルであり、利用者数も非常に多く、特に朝・晩は多くの通勤・退勤客で混雑する。

1870年開業という長い歴史を持つ当駅は、かつてはジャワ島内各地を結ぶ長距離列車のターミナル駅としてインドネシア鉄道史とともに長らく機能していた。しかし、1990年代後半より同駅発着の長距離列車は徐々に削減され、エグゼクティブクラス(一等車に相当)を主体とした優等列車はガンビル駅に、ビジネスクラス(二等車に相当)やエコノミークラス(三等車に相当)を主体とした低廉列車はパサール・スネン駅に、それぞれターミナル機能が移行されてきた。2015年6月までは西ジャワ州方面を結ぶエコノミー列車や、バンドゥンを結ぶ一部の優等列車など、少数の長距離列車が当駅を発着していた。2017年2月までチカンペックおよびプルワカルタへの普通列車が運行していたが、タンジュン・プリオク駅発着となった。現在では、長距離列車のターミナルとしての機能はほぼ無くなった。ただし、レバラン(イスラムの断食月、ラマダン明けの大型連休)などの多客期には当駅を始発・終着とした長距離臨時列車が運行されることもある。また、ガンビル駅を始発・終着とする一般列車の一部は当駅まで回送され、当駅構内の留置線で車内清掃および整備が行われる。

この駅は19世紀末までBatavia Zuid(南バタヴィア)と呼ばれていた。またBataviasche Ooster Spoorweg Maatschapijの略でBEOS駅と通称されていた。英語のEast Batavia's Train Transportation Companyに相当し、東バタヴィア鉄道輸送会社のことである。

建物[編集]

メインホール内部

駅はMatthew Lutczaを記念して1870年に建設された。彼は駅の名前に彼の名前を使われることを辞退し、代わりに彼のおじの名前を使うように要請した。駅は1926年に改装され、1926年8月19日に再開業した。1929年10月8日にオランダ人の総督A.C.D. de Graeffによって正式に開業式典が行われた。

駅の設計者はオランダ人の設計家Frans Johan Louwrens Ghijsels(1882年9月8日生まれ)である。駅の設計は西洋風のものと現地風のものの折衷である。

ジャカルタコタ駅に来る系統[編集]

KRLジャボタベック[編集]

2014年3月に一部のプラットホームの延長工事が完成、それまで日本製中古車は8連に縮めて運用されていたが、一部で10連での運用が開始された(鉄道ファン2014年6月号142-143頁『インドネシアの205系営業運転開始』より)。2015年半ばに開始された12連運用においては、ホームの長さが不足している。 2015年12月には、当駅とタンジュン・プリオク駅を結ぶピンクラインの運行が再開された。

  • レッドライン(ボゴール線)
  • ブルーライン(ブカシ線)
  • ピンクライン(タンジュン・プリオク線)
  • フィーダーライン(当駅と隣接する環状線のカンプン・バンダン駅とを結ぶ。同駅を通るピンクラインとは異なる線路を走る。運行本数はフィーダーの方が多い。)

インドネシア鉄道(一般列車)[編集]

インドネシア鉄道運行の長距離列車は、全て他駅発着となった。

関連項目[編集]