ジェームズ・シールズ

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ジェームズ・シールズ
James Shields
シカゴ・ホワイトソックス #25
James Shields on May 27, 2013.jpg
ロイヤルズ時代(2013年5月27日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス郡ニューホール英語版
生年月日 1981年12月20日(34歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2000年 ドラフト16巡目(全体466位)でタンパベイ・デビルレイズから指名
初出場 2006年5月31日 ボルチモア・オリオールズ
年俸 21,000,000ドル(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
レイズ時代(2012年7月26日)

ジェームズ・アンソニー・シールズJames Anthony Shields, 1981年12月20日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ニューホール英語版出身のプロ野球選手投手)。右投右打。MLBシカゴ・ホワイトソックスに所属。

ニックネームは重要な試合に強いことから「Big Game James(ビッグゲーム・ジェームズ)」。

同じくメジャーリーガーのアーロン・ローワンドいとこに持つ。

経歴[編集]

プロ入りとレイズ時代[編集]

2000年MLBドラフト16巡目(全体466位)でタンパベイ・デビルレイズから指名され、プロ入り。

2001年に傘下のA-級ハドソンバレー・レネゲーズ英語版でプロとしてのキャリアをスタートさせる。

2002年は、右肩を手術しシーズンを全休。

2003年2004年は、A+級ベーカーズフィールド・ブレイズ英語版で先発として登板するも、防御率4点台に終わる。

2004年のシーズン終了後、メジャー4年目のシーズンを終えたローワンドに誘われて、シールズはローワンドと一緒にトレーニングを行い、そこで練習方法など様々なことを学ぶ[2]

2005年、AA級モンゴメリー・ビスケッツに昇格したシールズは17試合に登板(うち16試合に先発)し、7勝5敗・防御率2.80を記録。

2006年、AAA級ダーラム・ブルズで10試合に先発して防御率2.64という成績を残したところでメジャー昇格を果たし、5月31日のメジャーデビューを迎える。ボルチモア・オリオールズを相手に先発したデビュー戦こそ5回5失点で降板したシールズだが、その後の4試合で25イニング22奪三振・防御率1.80の好投を見せ4連勝。その後は早いカウントで投げるチェンジアップに適用されて成績を落とすが[2]、シーズン終了まで先発ローテーションを守りきった。

2007年も開幕からローテーション入り。登板過多による故障を防ぐためシーズン投球回が215に達したところで残り試合の登板をチームに止められたものの[3]スコット・カズミアーに次ぐチーム2位の12勝を挙げた。同年オフに4年1,125万ドル(2012年からは最大で3年2,800ドルのオプション)で契約延長。

2008年は前年のチーム最多勝をマークしたカズミアーが左ひじの故障で開幕から1ヶ月故障者リスト入りしていたこともあり、自身初となる開幕投手を務めた。その開幕投手を務めた試合でシーズン初勝利を飾ると、6月に月間防御率が5点台だった以外はシーズンを通して前年以上に安定感のある投球を続けて、実質エースとして先発陣を引っ張り、自身最多でかつチーム最多勝となる14勝をマーク。また、自身初となるポストシーズンでも活躍し、球団創設初の地区優勝・リーグ優勝に大きく貢献した。6月5日ボストン・レッドソックス戦ではココ・クリスプと大乱闘を起こし、6試合の出場停止処分を受けた[4]

2009年2010年も年間を通して先発ローテを守ったが、防御率は悪化の傾向にあった。2010年は1試合6被弾を喫するなどリーグ最多の34被弾を記録した。

2011年は勝利数、奪三振、イニング、防御率、WHIPなどで自己ベストを記録し、自己最高のシーズンを送った。11完投、4完封はいずれもリーグ最多だった。

2012年も15勝を挙げ、奪三振率は自己最高を記録した。しかし、レイズが年俸削減を図ったことから放出対象となった。

ロイヤルズ時代[編集]

2012年12月9日ウィル・マイヤーズジェイク・オドリッジマイク・モンゴメリーパトリック・レオナルド英語版とのトレードで、ウェイド・デービス、後日発表のエリオット・ジョンソンと共にカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[5]

2013年はリーグ最多の228.2回を投げて13勝してチーム10年ぶりのシーズン勝ち越し、2014年も227回を投げて14勝を挙げ、チーム29年ぶりのワールドシリーズ進出に貢献した。

2014年オフにFAとなった。

パドレス時代[編集]

2015年2月11日に4年総額7300万ドルでサンディエゴ・パドレスと契約。5年目の契約は年俸1600万ドルの球団オプション。この年は移籍により、指名打者制度のないナショナルリーグで、さらに本拠地が投手有利と言われるペトコ・パークになったにもかかわらず、防御率、被本塁打、与四球などが例年より極端に悪化してしまったが、連続シーズン200投球回は9年に更新した。

2016年は、開幕から勝ち星には恵まれないものの、安定した投球を続けていたが、5月31日の試合で2回2/3を10失点と大炎上すると、6月4日エリック・ジョンソンフェルナンド・タティス・ジュニア(父親は元・メジャーリーガーのフェルナンド・タティス・シニア)とのトレードで、年俸の一部負担となる3100万ドルの金銭付きでシカゴ・ホワイトソックスへ移籍した[6]。パドレスでの成績は2勝7敗、防御率4.32だった。

ホワイトソックス時代[編集]

移籍後初登板から3試合連続で7失点以上を喫する散々な出だしとなった。

投球スタイル[編集]

サイドスピン成分をやや多めに含むフォーシームと縦に鋭く変化するサークルチェンジが主な武器でこの2球種で投球全体の半分を占める。他にもツーシームナックルカーブカットボールを投げる。2013年まではカーブスライダーも投げていたが、現在は持ち球としていない[7]。 また、制球力に優れていて、与四球が少ないため、高低左右を目一杯使って幅広く攻めていく投球が持ち味である。 2007年の成績では、与四球率が1.51でリーグ3位、K/BB(与四球1個あたりの奪三振数)が5.11で同2位、WHIPが1.107で同3位と、いずれも高い数値を残した。

先発ローテーションに定着した2007年以降は毎年200回、累計でメジャートップの1785.2回を投げており、タフネスぶりが身上である。[8]

牽制が非常に上手く、2011年には両リーグ最多の13牽制死を記録した[9]。これは右投手としてはチャーリー・ハフの14個に次ぐ史上2位の数字だった[10]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 TB 21 21 1 0 0 6 8 0 0 .429 540 124.2 141 18 38 5 5 104 9 0 69 67 4.84 1.44
2007 31 31 1 0 0 12 8 0 0 .600 874 215.0 202 28 36 0 10 184 9 0 98 92 3.85 1.11
2008 33 33 3 2 1 14 8 0 0 .636 877 215.0 208 24 40 0 12 160 6 0 94 85 3.56 1.15
2009 33 33 0 0 0 11 12 0 0 .478 930 219.2 239 29 52 1 1 167 3 1 113 101 4.14 1.32
2010 34 33 0 0 0 13 15 0 0 .464 899 203.1 246 34 51 2 5 187 13 2 128 117 5.18 1.46
2011 33 33 11 4 1 16 12 0 0 .571 975 249.1 195 26 65 1 5 225 4 0 83 78 2.82 1.04
2012 33 33 3 2 3 15 10 0 0 .600 944 227.2 208 25 58 2 11 223 7 1 103 89 3.52 1.17
2013 KC 34 34 2 0 0 13 9 0 0 .591 946 228.2 215 20 68 0 8 196 11 2 82 80 3.15 1.24
2014 34 34 1 1 0 14 8 0 0 .636 939 227.0 224 23 44 0 11 180 12 2 95 81 3.21 1.18
2015 SD 33 33 0 0 0 13 7 0 0 .650 860 202.1 189 33 81 5 9 216 7 1 93 88 3.91 1.33
通算:10年 319 318 22 9 5 127 97 0 0 .567 8784 2112.2 2067 260 533 16 77 1842 81 9 958 878 3.74 1.23
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 50 (2006年 - 2007年途中)
  • 33 (2007年途中 - 2016年途中)
  • 25 (2016年途中 - )

脚注[編集]

  1. ^ James Shields Salaries”. Baseball-Reference.com. 2016年3月13日閲覧。
  2. ^ a b Eduardo A. Encina, "Easy path wrong one for Shields," St. Petersburg Times, March 12, 2007. 2008年9月21日閲覧。
  3. ^ John Romano, Times Columnist, "Rays put future first with Shields," St. Petersburg Times, September 20, 2007. 2008年9月21日閲覧。
  4. ^ Crisp gets seven-game suspension MLB.com
  5. ^ Royals To Acquire James Shields, Wade Davis MLBTradeRumors.com
  6. ^ Van Schouwen, Daryl (2016年6月4日). “Padres trade James Shields to the White Sox”. Chicago Sun Times. 2016年6月5日閲覧。
  7. ^ James Shields > Pitch Data” (英語). The Baseball Cube. 2016年6月8日閲覧。
  8. ^ 出野哲也OPSとかWHIPってよくわからないんですけど……」 『月刊スラッガー』2008年2月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-2、42-43頁。
  9. ^ AL Leaders: Pickoffs (including PCS)
  10. ^ James Shields Day: The Pickoff. The Process Report(英語). 2012年1月30日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]