ジェームス・ジェマーソン

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ジェームス・ジェマーソン(James Lee Jamerson1936年1月29日 - 1983年8月2日)はアメリカのベーシストアメリカ合衆国サウスカロライナ州チャールストン出身。 1960年代から70年代初頭におけるモータウン黄金期のベーシストである(1971年になって初めてモータウンにより彼の名がレコードにクレジットされた)。

ジェマーソンは近代音楽において最も影響のあるベーシストとして知られている。没後17年が経った2000年にロックの殿堂入りを果たした。

使用機材[編集]

ジェマーソンの使用していたダブル・ベースはドイツ製のアップライト・ベースである。10代だった頃にこれを手に入れ、モータウン時代にもメリー・ウェルズの「My Guy」 や、マーサ&ザ・ヴァンデラスの「Heat Wave」などのヒット曲で使用した。

ジェマーソンは、モータウンで仕事を始めたあともしばらくアップライト・ベースのみを使用していたが、1960年に友人のホレス“チリ”ルースからエレクトリック・ベースを使うように説得され、ホレスが所有していた1957年製のフェンダープレシジョン・ベースを譲り受ける。このベースは、ボディが黒に塗り直されており"Black Beauty"と呼ばれていた。

ジェマーソンが自身のキャリアーのほとんどを通して使い続けたのが、1962年製のサンバーストフィニッシュのプレシジョン・ベースである。Black Beautyは盗難に遭ってしまい、これが彼にとって2本目のベースとなる。ピックアップ・フェンスとブリッジガードは、購入時と同じ状態で取り付けられている。演奏時のヴォリュームとトーンのノブは全開であった。このベースもジェマーソンの死の数日前に盗まれてしまい、現在も見つかっていない。彼はこのベースに"FunkMachine"と名付け、ネックのジョイント部分に「Funk」と刻み込んでいたと言うが、彼のファンが同様なことをしたと言われており、生前彼が使用していたベースを発見する事自体が非常に困難になっているとすら言われている。

弦はLa Bellaのヘヴィ・ゲージ(.052-.110)を使用していた。ジェマーソンはフラット・ワウンドの弦を張り、ほとんど変えることはなかった。指板からの弦高は非常に高く、アップライト・ベースの感覚に近づけていたと思われる。しかしあまりに弦高が高いがゆえに、このベースでの演奏をした者は誰しも「とても演奏できるセッティングではない」と言ったほどであった。 このセッティングにより演奏が困難になる一方で、ジェマーソン本人はこれが良質のトーンを生み出すと考えていた。ブリッジの下にはスポンジを押し込み、サステインを減らす工夫をしていた。70年代に入り、プロデューサーより派手な音を得るためにラウンド・ワウンドの弦に変えるように言われたが、ジェマーソンはこれを拒否した。

ストイックな印象の強いジェマーソンだが、ベースとアンプをワイヤレスで接続する装置や、ハグストロームの8弦ベースを使うなど、新奇性を求めた逸話もいくつかある。また、生前にフェンダーの5弦ベースを所有しており、本人の死後、自宅に残っていたベースは前述のアップライトとこの5弦ベースであった。

クラブで演奏を行うときのアンプアンペグのB-15を使用していた。広い会場においては青色人工皮革張りの Kustom 社製15インチツイン・スピーカーアンプを使用していた。いずれのアンプにおいても、Bassのツマミは全開にし、Trebleのツマミは半分ほどしか上げなかった。レコーディング時には、ベースを直接ミキシング・コンソールのヘッド・アンプ部分に接続してレコーディングを行っていた。

演奏法[編集]

ジェマーソンがアップライト・ベースからエレクトリック・ベースへ転向する上で引き継がれたのが、自身のピッキング法である。ジェマーソンは右手の人差し指のみでピッキングを行い、小指はピックアップ・フェンスの上におき、親指で残りの弦をミュートした。このことから彼の右手人差し指には「ザ・フック」という愛称がつけられたほどである。1本指で複雑なフレーズを演奏できたのは、開放弦を多用していたことに加え、1回のストロークで複数の弦をピッキングするレイキングの技術に長けていたからだと考えられる。そのため、ほとんどのフレーズは5フレット以下のポジションで演奏したといわれる。ただし、曲によっては人差し指と中指のツーフィンガーで演奏することもあった。ワンフィンガー奏法を得意とするベーシストのチャック・レイニーは、ジェマーソンからツーフィンガー奏法を強くすすめられたと述懐している。