ジェシ・エド・デイヴィス

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ジェシ・エド・デイヴィスJesse Ed Davis)(1944年9月21日 - 1988年6月22日、43歳死去)は、アメリカ合衆国オクラホマ州ノーマン生まれのロックギタリストシンガー。本名Jesse Edwin Davis Ⅲ。コマンチ族の父とカイオワ族の母を持つ、生粋のインディアン。スワンプ・ロックを代表する名ギタリストで、特にスライド・ギターが印象的。

略歴[編集]

ソロ・デビュー前[編集]

ソロ活動[編集]

  • 1970年、エリック・クラプトンの後押しを受け、『ジェシ・デイヴィスの世界(JESSE DAVIS)』でソロ・デビュー。エリックの他にも、レオン・ラッセル、グラム・パーソンズといった豪華ゲストが参加。
  • 1971年8月1日、ジョージ・ハリスンが呼びかけた「THE CONCERT FOR BANGLA DESH」に参加。
  • 1972年、ソロ第2弾『ウルル(ULULU)』発表。ドクター・ジョン等が参加。ジョージ・ハリスン作の「スー・ミー・スー・ユー・ブルース」等を収録。
  • 1973年、ソロ第3弾『キープ・ミー・カミン(KEEP ME COMIN')』発表。結果的に、これが最後のソロ・アルバムとなる。

その後[編集]

  • 1970年代は、精力的なセッション・ワークを主な活動とする。
  • 1980年代は活動が目立たなくなるが、晩年には、スー族インディアン詩人、ジョン・トゥルーデルの詩に演奏をつけるライヴを行い、ジョンとの共演を収めたカセット・テープも残す。そのカセットテープはボブ・ディランにその年で最も良かった録音と評された。1987年には、久々にタジ・マハールと共演、『タジ』にゲスト参加。
  • 1988年6月22日カリフォルニア州ベニスのアパートで、麻薬のオーバードーズによるショックにより亡くなる。43歳没。

主な参加アルバム[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]