シンコー

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株式会社シンコー
SINKO CORPORATION
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
143-0016
東京都大田区大森北1-17-2
大森センタービル5F
設立 1951年(昭和26年)4月
業種 物流コンサルタント
法人番号 6010801005257
事業内容 物流コンサルタント
代表者 飯塚知一(代表取締役社長)
資本金 4000万円
外部リンク www.shinko-corp.co.jp/index.html
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株式会社シンコーは、日本株式会社である。

概要[編集]

創業者は飯塚誠知。輸出入・国内を含む一貫物流企業であり、特に重電や精密機械の輸出梱包を得意とする。

会社[編集]

沿革[編集]

  • 1941年(昭和16年)3月梱包並びに貨物運送事業を主力として株式会社双葉商会を創業。
  • 1951年(昭和26年)4月新光運輸株式会社を東京都港区芝新橋6−64に設立。
  • 1953年(昭和28年)4月梱包事業強化のため新光梱包運輸株式会社と改称。
  • 1956年(昭和31年)一般(限定)区域貨物自動車運送事業経営(陸運免許認可)。
  • 1962年(昭和37年)埼玉県本庄市に本庄事業所および工場を新設。

歴史[編集]

創業[編集]

  • 芝浦の地で電話交換機の梱包から始まったという逸話が残っている。

森ヶ崎工場[編集]

  • 昭和45年から昭和62年まで本社であった森ヶ崎工場では、1階が梱包場、2階が事務所、3階4階が寮であった。メンバーの母親が寮母を勤めていた。
  • 昭和55年当時の資料では、高校卒業社員が毎年約20名前後入社し、社員寮は満員であったことが窺える。
  • 森ヶ崎寮生には向かいにある盛平という蕎麦店が人気であった。
  • 東日本・西日本梱包工業組合員企業の社長子弟における丁稚奉公先のメッカであった。
  • 外国人研修生受入も行なっていた。

使命[編集]

  • 昭和56年頃のパンフレットによれば、「一貫して梱包・輸送の物流事業を通じて、お客様のご要望にお応えしてサービスを提供し、輸出立国に貢献すること」。
  • 年代不明のパンフレットによれば、「今後、弊社は全社員一丸となり、関連会社との提携を強化しながら、「国際物流のディベロッパー」として、より科学的な物流業務の推進に努力してまいる所存でございます」。

主なサービス[編集]

営業品目[編集]

  • 物流コンサルタント
  • 輸出および国内向梱包業
  • 通関業
  • 海外に於ける梱包及びその指導
  • プラント機器の現地輸送ならびに据付工事
  • 梱包用産業資材販売業
  • 一般建築業
  • 倉庫業
  • 自動車運送取扱業

JIS規格との関連[編集]

1951年(昭和26年)制定JISZ1402(「木箱の構造」)、1953年(昭和28年)制定JISZ1403(「枠組箱の構造」)の制定における中心人物である久米政樹氏は後年、当社の専務取締役を務め、以降の改定においても当社が協力、貢献している。

拠点[編集]

拠点一覧(国内)[編集]

拠点一覧(海外)[編集]

  • 信广包装(上海)有限公司

飲食店一覧[編集]

  • 四季火鍋 花椒庭(広尾)

かつて存在した拠点一覧(国内)[編集]

  • 仙台営業所
  • 運輸部・羽田事業所
  • 芝浦事務所
  • 東二営業所
  • 横二営業所
  • 山下事業所
  • 山下工場
  • 神奈川事業所
  • 沼津事業所
  • 三重事業所
  • 大阪営業所
  • 佃事業所
  • 大阪南港事業所
  • 神戸事業所
  • 新光工営株式会社
  • シンコーユルバン株式会社

かつて存在した拠点一覧(海外)[編集]

  • 新韓国梱包運輸株式会社
  • マレーシア駐在事務所

かつて存在した飲食店一覧[編集]

  • ロータスシード(西麻布)…レストラン
  • パヒューマリー(赤坂)…香水店
  • CafeBar&Restaurant櫂khai (ベトナム)…レストラン

エピソード[編集]

沼津事業所[編集]

出発シンコー第9号(平成8年4月)によれば、

「JR沼津駅より西に車で10分、霊峰富士の北北東20kmに位置する沼津事業所は、近くに駿河今川家発祥の興国寺城、天皇家沼津御用邸紅葉のきれいな須賀川渓谷などの名所・名跡の他に富士急ハイランドや天神山スキー場と選り取りみどりの環境です。当事業所は、平成6年9月1日をもって新設された事業所です。主力業務は中国製繊維製品の検針・発送業務、プラント品補機類の輸出梱包業務等を行っています。事務所2名・現場3名=合計5名と非常に小さな所帯ですが、元気一杯の職場です。また、血液型が全員B型ということもあり、各自のマイペースぶりとやかましさだけはどこにも負けないと自負しています。この時期にはスミイカの子供が近くの浜でたくさん揚がり、甘くて柔らかい刺身でよし、煮てもよしの超おいし〜いイカを超リーズナブルに食べることができます。間近に富士山を眺めながらのお花見は…うまく表現できないので、今度沼津にいらしてください。お待ちしております。」とある。

ロータスシード[編集]

全てウェッジウッドの食器で揃えていた。当時店長をしていた田中社員によれば、場所柄か樹木希林をはじめ有名人がたくさん来ていたという。

パヒューマリー[編集]

当時としては珍しかった、様々な香水を自分で調合するタイプの香水店。アメリカのとある香水店の日本初のフランチャイズであった。店長は鈴木社員。

CafeBar&Restaurant櫂khai[編集]

ベトナムの市場調査の傍らレストランを経営していた。

誕生石をイメージしたオリジナルカクテルがあり、7月スロージンフィズ(ルビー)、9月ブルーメリディアン(サファイヤ)、10月クイーンエリザベス(オパール)等という名前であった。

その他[編集]

社風[編集]

社名の由来[編集]

「電話に出るときに自社の名前が長いのはお客様に対して不親切ではなかろうか」という理由で、新光梱包運輸株式会社から株式会社シンコーという名前に短くなった。

主な社内行事[編集]

  • 技能競技会
  • サンシャインシンコー
  • ゴルフコンペ
  • 一年生と社長の食事会
  • 社内で成人を迎えた方のお祝い会

社内報[編集]

  • 新光かわらばん
  • 出発シンコー

部活動[編集]

野球部[編集]

  • 昭和55年4月設立
  • 昭和55年8月東京貨物運送健康保険組合の野球大会に参加。

その他[編集]

  • 社長の飯塚知一は、東京都認定工業包装技術研修校校長を務めたこともある。東日本梱包工業組合の会長時代には、西日本梱包工業組合の会長と東西で協力して梱包の発展に努めたという伝説が残っている。
  • 「かつて株式会社シンコーの制服を着ることは梱包業界では憧れのことであった」という言い伝えがある。
  • NHKのテレビ番組で青森県からの中卒者の集団就職の特集で紹介されたことがある。
  • かつて本庄事業所及び姫路事業所で2x4事業を行っていた。現存している那須事業所の事務所建屋は2x4建築のモデルハウスになっている。

関連会社[編集]

  • 株式会社シンコーロジテム
  • 日本ポリシール工業株式会社
  • 信广包装(上海)有限公司
  • 恒信木業(臨沂)有限公司