シンコ・デ・マヨ

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シンコ・デ・マヨスペイン語: Cinco de Mayo、5月5日の意味)は、メキシコのおもにプエブラ州祝日である[1][注釈 1]。この祝日は、1862年5月5日プエブラの会戦でメキシコ軍がイグナシオ・サラゴサ英語版将軍の指揮のもと、フランス軍を奇跡的に撃退したことを記念する[3][4]

しかしメキシコではこの会戦は2つの理由で重要であったと考えられている。1つはおよそ2対1と数に勝り、軍備に勝り、かつ「この戦いまで50年間、一度も敗れていなかった」とされるフランス軍を破ったという点である[5]。2つ目は、シンコ・デ・マヨ以降、海外からアメリカ大陸への侵攻がないことである[6]。しかし、これらの重要性が認められながら、シンコ・デ・マヨはメキシコでは国の祝日に制定されていない[注釈 2]

シンコ・デ・マヨは地域に限定され、メキシコ全土での重要性はないが、この日はアメリカ合衆国や世界の他の地域では、メキシコ人の伝統と尊厳の祝典として知られている[9]。しかしながら、アメリカ合衆国ではシンコ・デ・マヨがメキシコの独立記念日であるとの誤解が多い[10]。メキシコの独立記念日は9月16日 (dieciséis de septiembre) であり[11]、メキシコで最も重要な愛国的な国の祝日である[12]

歴史[編集]

1861年に、メキシコは経済危機に襲われ、債権国(主にフランス、イギリス、スペイン)への利払いを停止した。それに対して、1861年の終わりにそれら3カ国はメキシコを武力制裁して負債の支払いをさせようとした。メキシコ大統領ベニート・フアレスは3国に対し、利払い停止は一時的なものであり、軍隊を撤収するように説得しようとしたが、応じたのはイギリスとスペイン両国のみであった。ナポレオン3世のフランスはメキシコ出兵を決定し、侵攻の当初は成功であった。しかし、1862年5月5日、プエブラにおいて、メキシコ軍は武力に勝るフランス軍の攻撃を撃退した。このプエブラでの会戦で、メキシコ軍はイグナシオ・サラゴザ将軍に指揮された。メキシコ軍はプエブラでフランス軍に勝利したが、この勝利はメキシコシティへの侵攻を遅らせただけであった。1年後、フランス軍はメキシコを占領し、これによりマクシミリアン1世がメキシコ皇帝に就いた。アメリカ合衆国の圧力のもと、フランス軍は1866年から1867年にかけ徐々に撤退した。マクシミリアン1世はプエブラの会戦から5年後、メキシコ大統領ベニート・フアレスにより処刑された[13]

祝祭の歴史[編集]

ブッシュ大統領に挨拶するシンコ・デ・マヨの踊り子

UCLA Center for the Study of Latino Health and Culture(UCLAラテンアメリカ研究センター)が発表したアメリカ合衆国でのシンコ・デ・マヨ祝祭の起源に関する論文によると、現代のアメリカでは、フランスのメキシコ支配への抵抗に応答して、1860年代のカリフォルニアで世界で初めて開始されたことに注目している[14]。2007年の論文では「この祝日は1863年以降継続してカリフォルニアで祝われているが、メキシコでは事実上無視されている」と論じている[14]

祝祭[編集]

メキシコ[編集]

シンコ・デ・マヨの祝日は元来、メキシコの地域の祝日である。メキシコの他の地域では祝日の認識は限定的である[15]。祝祭の多くは、食事、音楽、および踊りの組合わせである。

メキシコシティでは、他のメキシコの都市と同様に、軍に所属する若者はメキシコ国旗の元に忠誠を尽くす。

アメリカ合衆国[編集]

ワシントンD.C.でのシンコ・デ・マヨのバイレ・フォルクロリコ

アメリカ合衆国では、シンコ・デ・マヨをメキシコより重視している[14][注釈 3]。この祝日はメキシコ系アメリカ人なら知っている祝祭の日であり、民族にまつわる点でアイルランド系アメリカ人聖パトリックの日ドイツ系アメリカ人オクトーバーフェスト、中国系アメリカ人の旧正月と並び、またいずれも民族を超えて多くのアメリカ人が祝する。この祝祭にはグアダルーペの聖母のような伝統的なメキシコの象徴と、セサール・チャベス英語版のようなアメリカ合衆国におけるメキシコ出身の傑出した人物が登場することが多い[注釈 4]。シンコ・デ・マヨを祝う多くの横断幕が掲げられ、公立学区では生徒に歴史的な重要性を教える行事が行われる。特別な行事や祝祭ではメキシコ文化が前面に出される。例えばオルベラ街英語版近くにあるロサンゼルス発祥の地エル・プエブロ・デ・ロサンゼルス州立歴史公園では毎年、バイレ・フォルクロリコ(en)とマリアッチが実演される。アメリカ合衆国では商業的にも利用され、メキシコ製品やサービス、特に飲み物[注釈 5]や料理、音楽[注釈 6]が宣伝される。

日本[編集]

2013年より「シンコ・デ・マヨ・フェスティバル」が東京(代々木公園)、大阪などで5月5日前後にラテン文化のフェスティバルとして開催されている[24][25]

他の地域[編集]

メキシコやアメリカ合衆国の他にもシンコ・デ・マヨに関連する行事がある。例えば、カナダバンクーバー近郊のスカイダイビング・クラブではシンコ・デ・マヨのスカイダイビング行事が行われる[26]西インド諸島の一つケイマン諸島では、シンコ・デ・マヨ・エア・ギター大会が毎年開催される[27]。遠く地中海の島、マルタでは、メキシコ産ビールを5月5日に飲むことを勧める祭がある[28]

シンコ・デ・マヨが使われた作品[編集]

  • ボブ・ディランの歌「Isis」では、冒頭で曲名の人物の結婚がこの日であることを語る。
  • アメリカのバンド、ウォーは、1982年のアルバム『Outlaw』からの曲「Cinco de Mayo」をヒットさせた。
  • アメリカのバンド、ウィーン英語版の歌「Buenas Tardes Amigo」はシンコ・デ・マヨに関係している。
  • 格闘ゲームART OF FIGHTING 龍虎の拳 外伝では、架空のメキシコまたはアメリカの都市グラスヒルで、シンコ・デ・マヨのステージがある。このステージはシンコ・デ・マヨの行事から明らかにインスピレーションを受けている。(ゲームでは、このステージだけ音楽が無く、ステージのテーマとしてパレードの音が使われている。)

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ この戦勝記念日を祝日に指定する地域はメキシコの一部に限定される[2]
  2. ^ この一覧によるとシンコ・デ・マヨは「義務としての休日=国の定める休日」(dia feriado obligatorio ) ではないものの、公休日にすることが認められている[7][8]
  3. ^ Centro Civico Mexicanoの責任者ジョン・レンテリアによると「アメリカ各地の人々が祝いを心待ちにしている戦勝記念日は、歴史学的にはさほど特別ではない」といい、同氏によると1862年5月5日のプエブラの攻防を気にかける人は、メキシコにはあまりいない。圧倒的な多勢に無勢で臨み、テキサス出身の将軍の指揮でフランスを破ったことから、むしろ明白にアメリカの祝祭日になりつつある。「メキシコ文化として広めたり普及させようとする傾向は、(歴史教育というより)文化と商業的側面に後押しされている。」と同氏は続ける。「メキシコではなくアメリカのための日になっても私たちには問題ではない。」[16]「シンコ・デ・マヨはメキシコというより[アメリカ的な]休日になった。」[17]「アメリカで〈シンコ・デ・マヨ〉は、メキシコ文化を祝う日になり、祝い方は本国メキシコより輝かしい。」[13]「祝日としては今日、メキシコ本国よりアメリカで定着している。」[18]
  4. ^ メキシコ出身ではないヒスパニックの人口が多いフロリダ州など、各地で出自を問わずヒスパニックの祝祭として扱っている[19]
  5. ^ [Cinco de Mayo]とはーー夏のビール商戦の前哨戦という商機[20]
  6. ^ 「マーケティング専門家としての私の見解では、シンコ・デ・マヨとはニューヨーク5番街が仕組んだ国の休日で、パーティー気分を演出して酒類販売と浮き足立った消費を焚きつけるものです。」[21]「シンコ・デ・マヨはもはやお祭りの域におさまらず、外国人に商売のよいタネにされてしまった。」[22]「ラテン系の人々の市場に売り込む突破口なのです。」と南カリフォルニア大学ロサンゼルス校Annenberg School for Communication のフェリックス・グテーレス教授は説明する[23]

出典[編集]

  1. ^ The History of Cinco de Mayo” (英語). Mexonline.com. 2009年2月9日閲覧。
  2. ^ Lovgren, Stefan (2006年5月5日). “Cinco de Mayo, From Mexican Fiesta to Popular U.S. Holiday” (英語). National Geographic News. 2007年12月4日閲覧。
  3. ^ National Geographic: Defeat of French forces by Mexican Army” (英語). 2009年2月9日閲覧。
  4. ^ RECOGNIZING HISTORICAL SIGNIFICANCE OF THE MEXICAN HOLIDAY OF CINCO DE MAYO -- (House of Representatives, June 07, 2005)” (英語). Library of Congress (U.S.A.). p. H4150 (2005年6月7日). 2014年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月4日閲覧。
  5. ^ The Battle of Puebla and Cinco de Mayo” (英語). PBS. 2000年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年2月9日閲覧。
  6. ^ Maximilian's Empire : The French Intervention” (英語). Presidency of the Republic of Mexico. 2008年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月4日閲覧。
  7. ^ List of Public and Bank Holidays in Mexico” (英語). Alter Ego Services (2008年4月14日). 2009年2月9日閲覧。
  8. ^ Garcia, Marcela E (2006年4月30日). “'Cinco to drinko?' Not for me, amigo” (英語). Globe Newspaper Company. 2008年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年10月30日閲覧。
  9. ^ Bulkeley, Deborah (2007年5月4日). “Cinco de Mayo celebrations run all weekend : Mexican music, dancing, food will highlight festivities” (英語). Deseret News Publishing Company. 2007年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月4日閲覧。
  10. ^ Brooks, Adam. “Is Cinco De Mayo Really Mexico's Independence Day?” (英語). NBC 11 News. 2008年9月18日閲覧。
  11. ^ Mexico : The World Factbook” (英語). CIA. 2009年2月9日閲覧。
  12. ^ May 5, 1862: a day to remember in Mexico and the United States” (英語). Alpine Avalanche. 2009年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月4日閲覧。
  13. ^ a b "Cinco de Mayo has become a day for celebrating Mexican culture in the United States, and celebrations there easily outshine those in Mexico."” (英語). 2014年7月7日閲覧。
  14. ^ a b c Southern California Quarterly "Cinco de Mayo's First Seventy-Five Years in Alta California: From Spontaneous Behavior to Sedimented Memory, 1862 to 1937" Spring 2007 (see American observation of Cinco de Mayo started in California) accessed Oct 30, 2007 (英語)
  15. ^ "[Cinco de Mayo] is primarily a regional holiday celebrated in the Mexican state capital city of Puebla and through out the state of Puebla, with some limited recognition in other parts of Mexico." Accessed May 5, 2007 (英語)
  16. ^ Statement by Mexican Consular official” (英語). 2007年5月8日閲覧。
  17. ^ "Cinco de Mayo has become more of [an American] holiday than a Mexican one."” (英語). 2007年5月5日閲覧。
  18. ^ Today, the holiday is celebrated more in the United States than in Mexico” (英語). 2007年10月30日閲覧。
  19. ^ An excuse to party in the US” (英語). Ahorre.com. 2007年5月8日閲覧。
  20. ^ New York Times Business section” (英語) (2003年5月2日). 2007年10月30日閲覧。
  21. ^ Designed by Fifth Avenue” (英語). 2007年5月5日閲覧。
  22. ^ Smithsonian Institution paper” (英語). 2007年5月8日閲覧。
  23. ^ Ahorre.com”. 2007年5月8日閲覧。
  24. ^ 中央大学経済学部助教 南映子. “教養講座:「シンコ・デ・マヨ」をめぐって”. YOMIURI ONLINE. 2015年5月8日閲覧。
  25. ^ 第3回 シンコ・デ・マヨ・フェスティバル 2015 (東京)”. 朝日新聞デジタル. 2015年5月8日閲覧。
  26. ^ "Cinco de Mayo Skydiving Boogie" Accessed 2008-05-05. (英語)
  27. ^ Cayman Cinco de Mayo air guitar Accessed 2008-05-05. (英語)
  28. ^ Celebration in Malta. Accessed 2008-05-05. (英語)

関連項目[編集]