シルヴァーホーク

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シルヴァーホーク
欧字表記 Silver Hawk
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1979年
死没 2008年6月5日(29歳没)
Roberto
Gris Vitesse
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
馬主 M.Fustok
調教師 M.Albina(イギリス
競走成績
生涯成績 8戦3勝[1]
獲得賞金 163,885ドル
(アメリカドル換算)
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シルヴァーホーク (Silver Hawk) とは、アメリカ合衆国で生まれイギリスで調教された競走馬である。現役時代はダービーステークスアイリッシュダービーで善戦止まりだったが、種牡馬として多くの活躍馬を送り出した。日本ではグラスワンダーの父として知られている[1]

現役時代[編集]

2歳になった1981年にデビュー。デビュー戦を勝利し、ロイヤルロッジステークス (G2) では2着に入る。

年が明け、3歳になったシルヴァーホークはクレイヴァンステークス (G3) を勝利。イギリスクラシック三冠に参戦し、初戦の2000ギニーは26頭立ての5着、続くダービーステークスでは前を捕らえ切れずに3着。アイリッシュダービーではジョッケクルブ賞(フランスダービー)の勝ち馬アサートから8馬身離された2着となり、その後怪我で引退した。

種牡馬時代[編集]

競走馬時代は善戦止まりだったシルヴァーホークであったが、1983年より[1]エアドリースタッドで種牡馬となったあとは現役時代の無念を晴らすように産駒たちが活躍した。産駒は父同様、中長距離のレースを得意する馬が多い。また、成長の遅い産駒も多く、ナショバズキーのように4歳にデビューしてからG1を勝つような馬もいた。

2003年をもって種牡馬を引退[1]し、エアドリースタッドで余生を過ごしていたが、2008年6月5日に老衰による衰弱のため安楽死の措置がとられた[1]。遺体はエアドリースタッドに埋葬されている[1]

おもな産駒[編集]

日本国内調教馬[編集]

日本国外調教馬[編集]

G1級競走優勝馬のみ記載

母の父として[編集]

日本国内調教馬[編集]

日本国外調教馬[編集]

G1級競走優勝馬のみ記載

血統表[編集]

シルヴァーホーク血統ロベルト系 / Nearco 18.75% (5×5)×3 = 18.75%, Sir Gallahad, Bull Dog 5×5 = 6.25%〈父系〉, Blue Larkspur 5×5 = 6.25%〈父系〉) (血統表の出典)
父系

Roberto 1969
鹿毛 アメリカ
父の父
Hail to Reason
1958 黒鹿毛 アメリカ
Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors
父の母
Bramalea
1959 黒鹿毛 アメリカ
Nashua Nasrullah
Segula
Rarelea Bull Lea
Bleebok

Gris Vitesse 1966
芦毛 アメリカ
Amerigo
1955 栗毛 イギリス
Nearco Pharos
Nogara
Sanlinea Precipitation
Sun Helmet
母の母
Matchiche
1956 芦毛 フランス
Mat de Cocagne Birikil
Fascine
Chimere Fabuleux Coaraze
Nine F-No.21-a
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

母Gris Vitesseは1969年のジャックルマロワ賞優勝馬、母の父Amerigoは1960年のサンフアンカピストラーノハンディキャップやハイアリアターフカップなど49戦14勝、2代母と3代母はノネット賞を親子制覇している。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f グラスワンダーの父、シルヴァーホークが死亡” (日本語). netkeiba.com (2008年6月10日). 2011年10月10日閲覧。

外部リンク[編集]