シリキウス (ローマ教皇)
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| シリキウス | |
|---|---|
| ローマ教皇 | |
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| 教皇就任 | 384年12月11日 |
| 教皇離任 | 399年11月26日 |
| 先代 | ダマスス1世 |
| 次代 | アナスタシウス1世 |
| 個人情報 | |
| 出生 |
334年頃 |
| 死去 |
399年11月26日 |
シリキウス(Siricius, 生年不明 - 399年11月26日)は、ローマ生まれのローマ教皇[1](在位:384年12月11日 - 399年11月26日)。
382年に古代ローマの最高神祇官に、キリスト教会の司祭として初めて任じられた。後にローマ皇帝グラティアヌスによって最高神祇官職を解かれた。384年に、対立教皇ウルシヌスとの選挙に勝って満場一致でローマ教皇に選出された。称号としての「教皇」を名乗った初めての人物である。シリキウスが書いた手紙が8通現存していて、その中には現存する最古の教皇教令とされる手紙がある[1]。その1通であるヒスパニアのタラゴナの司祭あての手紙で、再洗礼の禁止や聖職者に独身でいることなどを命じた[1]。しかし当時は独身についての命令は効果がなく、聖職者が独身を守ったのはローマだけだった[2]。
異端の同僚司祭に迫害されたヒスパニアの禁欲的なプリスキリアヌス派の司祭が西ローマ帝国の皇帝マグヌス・マクシムスによって魔術を行った罪で処刑された時、シリキウスはミラノの司教アンブロジウスとトゥールのマルティヌスを伴って、この判決に異議を唱えた。