シリア・ポール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

シリア・ポール(Celia Paul、1947年10月23日 - )は、大阪市東淀川区出身[1]女優歌手。本名、シリア・ポール・キテンゲス(キテンゲス・ポール・シリア)[2]血液型B型[1]

来歴・人物[編集]

国籍はインド[3]。父はインド人、母は日本人で父は貿易商(本名の「ポール・キテンゲス」は父の名前でもある[2])。ポール聖名子エルザ・ポールは姉妹[2]。小学1年生の時に、兄の友人の映画関係者の勧めで子役のオーディションを受けて合格[2]、テレビ・映画に子役として出演した。映画の初出演作は「亡命記」[2]。その後も松竹専属として9本の映画に出演[2]

大阪女学院中学校入学と共に一時芸能界を離れる。大阪女学院高等学校卒業後、芸能活動を再開し、テレビドラマの単発出演を数本務めた他『コロムビアグランドショー』(フジテレビ)の司会・レギュラー出演を務める[2]1968年に大阪から東京へ活動拠点を移す[2]

1969年ニッポン放送ザ・パンチ・パンチ・パンチ」初代DJ「モコ・ビーバー・オリーブ」の「オリーブ」として人気があった。1977年、ソロアルバム『夢で逢えたら』で再デビューする。同アルバムの発売当時の売上は1万枚ほどであった[4]

また、1970年代後半から1980年代にかけては、FM東京DIATONE ポップスベストテンサントリー・サウンドマーケットといった音楽番組パーソナリティも担当した。

特技はボートで、ボートのレースでグランプリを獲ったこともある[1]

作品[編集]

シングル[編集]

モコ・ビーバー・オリーブ
  • わすれたいのに(詞:奥山侊伸、曲:L.Kolber、編曲:ありたあきら)/シックスティーン・リーズン(1969年2月)
  • 幸せすぎたの(訳詞:高階有吉、曲:B.Lowe、編曲:ありたあきら)/ささやく天使(1969年)
  • 海の底でうたう唄(詞:尾崎きよみ、曲:関口真人、編曲:青木望)/タイム・アフター・タイム(1969年12月)
ソロ

アルバム[編集]

モコ・ビーバー・オリーブ
  • わすれたいのに(1969年9月、1993年及び2003年に限定再盤)
わすれたいのに、シークレット・ラヴ、つのる想い、アンチェインド・メロディー、やさしくしてね、オー・ディオ・ミオ、幸せすぎたの、ささやく天使、愛の誓い、夢をみるだけ、タイム・アフター・タイム、シックスティーン・リーズン
ソロ
  • 夢で逢えたら(1977年6月25日発売)
夢で逢えたら、恋はメレンゲ、ドリーミング・デイ、One Fine Day、Walk With Me、こんな時、The Very Trought Of You、Whispering、Tonight You Belong To Me、Oh Why、Cha Cha Charming、夢で逢えたら、もう一度
  • MAI(1989年発売)

出演[編集]

映画[編集]

  • 亡命記(1955年)慧子役
  • 素晴らしき招待(1955年)
  • 続二等兵物語 南方孤島の巻(1956年)ポール役
  • 緑なる人(二部作)(1956年)姪美代子役
  • 歌う弥次喜多 黄金道中(1957年)おきん役
  • 勢揃い桃色御殿(1957年)マリちゃん役
  • 赤道を駈ける男(1968年、日活)マリーヤ役
  • まっぴら社員遊侠伝(1968年、松竹)安子役

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

その他[編集]

  • 第3回世界歌謡祭 World Popular Song Festival in Tokyo '72(1972年11月17日)司会[5]
  • 第4回世界歌謡祭 World Popular Song Festival in Tokyo '73(1973年11月18日)司会

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 別冊ラジオパラダイス「DJ名鑑」(三才ブックス 1987年刊)p.87
  2. ^ a b c d e f g h 月刊ラジオマガジンモーターマガジン社)1981年2月号 p.42 - 45
  3. ^ シングル「夢で逢えたら」ジャケットより
  4. ^ 『大瀧詠一Writing & Talking』白夜書房、2015年、73頁・152頁。ISBN 978-4-86494-048-1
  5. ^ 財団法人ヤマハ音楽振興会[1]