シュ・トゥルル

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シュ・トゥルル
  • アッカド王
  • シュメール王

在位期間
c. 2168  BC – 2154  BC[注 1]
先代 ドゥドゥ

父親 ドゥドゥ
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シュ・トゥルルあるいはシュ・ドゥルルアッカド王朝の最後の王である[注 2]シュメール王名表によると15年間支配した[1]。これは彼が父ドゥドゥの支配を引き継いだことを示している。印鑑などのいくつかの人工物から、彼の時代にキシュツツブエシュヌンナを含むアッカド領が大幅に減少する変動があったことが分かる。ディヤラ川も当時「Shu-durul」と呼ばれていた[2]

王名表には、アッカドがその後征服され、覇権は彼の治世後にウルクに戻ったと書かれている[3]。そして、さらに、ウルク王朝の6人の王の名前が記載されている。しかし、これらの6人の支配者はいずれも考古学で確認されていない。アッカドの崩壊の実際の状況は、王名表に書かれていない証拠から判断して、ザグロスの部族グティ人が独自の支配を確立したことによって直接もたらされたものであり、この頃にウルク、ウルラガシュなどの南部の都市国家のいくつかも独立を宣言した。

注釈[編集]

  1. ^ 中年代説による値。アッカド王朝の絶対年代については確定していない。詳しくは、古代オリエントの編年#前3千年紀の編年参照。
  2. ^ グティ王朝を打倒したウトゥ・ヘガルをアッカド帝国最後の王とすることもある。

出典[編集]

  1. ^ Handbook To Life In Ancient Mesopotamia by Stephen Bertman
  2. ^ Donald M. Matthews, The Early Glyptic of Tell Brak: Cylinder Seals of Third Millennium Syria 1997, p. 15.
  3. ^ Who's Who in the Ancient Near East by Gwendolyn Leick