シャンシュン王国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
チベットの歴史
ポタラ宮
この記事はシリーズの一部です。
シャンシュン王国
吐蕃
分裂時代
サキャ派時代
パクモドゥパ政権
リンプン派時代
ツァンパ政権
グシ・ハン王朝
清国のチベット支配
チベット独立
現代 チベット亡命政府

チベット ポータル
· ·

シャンシュン王国漢語:象雄王国,チベット語: ཞང་ཞུང, ワイリー方式zhang zhung; 蔵文拼音:xang xung, 紀元前 - 643年)は、西チベットのカイラス山麓一帯に存在した国。首都はキュンルン・ンゥルカ英語版チベット語: ཁྱུང་ལུང་དངུལ་མཁར khyung lung dngül mkhar[1])。

歴史[編集]

紀元前からあったと伝わる。カイラス山はヤルンツァンポ川及びインダス川の源流にあたり、チベット在来宗教ボン教の聖山でもある。『隋書』に記されている女国と考えられ、そこには山上の城に住まう女王の統べる戸数1万の国で、586年に隋に使者を送ったと書かれているが、確証はない。また、『旧唐書』の東女国する説もある(ただし東女国は羅刹国を指すこともある)。シャンシュン王国の最後の国王リ・ミヒャチベット語: ལིག་མྱི་རྐྱ lig myi rhya、: 李迷夏)は吐蕃の王ソンツェン・ガンポにより暗殺され、643年に吐蕃に併合された。

言語[編集]

チベット・ビルマ語派シャンシュン語英語版が使われていた(シャンシュン語について詳しいことは分かっておらず、現在国立民族学博物館などで研究中である[2])。

シャンシュン語の表記に使われた文字体系のひとつであるマーチェン(ワイリー方式: smar chen)文字が、Unicode 9.0 に追加予定である[3][4]

脚注[編集]