シャルレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
株式会社シャルレ
CHARLE CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報
大証2部(廃止) 9885
1990年10月2日 - 2013年7月16日
東証2部 9885
2013年7月16日上場
本社所在地 日本の旗 日本
654-0161
兵庫県神戸市須磨区弥栄台三丁目1番2号
設立 1975年11月19日
業種 卸売業
事業内容 レディースインナーを主体とする衣料品および化粧品などの卸売
代表者 奥平和良(代表取締役社長)
資本金 36億0025万円
(2016年3月31日現在)
発行済株式総数 2103万4950株
(2016年3月31日現在)
売上高 非連結188億36百万円
2016年3月期)
営業利益 非連結12億07百万円
(2016年3月期)
純利益 非連結10億04百万円
(2016年3月期)
純資産 非連結211億73百万円
(2016年3月31日現在)
総資産 非連結242億22百万円
(2016年3月31日現在)
従業員数 306名(2016年3月31日現在)
決算期 3月末日
主要株主 有限会社G&L 19.62%
有限会社Lam's 8.16%
林雅晴(創業者) 7.79%
林宏子(創業者) 5.36%
林勝哉(前社長) 4.94%
(2011年3月31日現在)
主要子会社 香羅奈(上海)国際貿易有限公司 100%
株式会社エヌ・エル・シーコーポレーション 100%
株式会社シャルレライテック 50.13%
関係する人物 林雅晴・宏子(創業者)
三屋裕子(元代表取締役)
外部リンク www.charle.co.jp
テンプレートを表示

株式会社シャルレ(Charle Co.,Ltd.)は、女性用下着を中心とした衣料商社連鎖販売取引や代理店・特約店による訪問販売形式で商品を提供している。近年は訪問販売以外にも力を入れており、インターネットやカタログによる通信販売もある。2014年9月には同社初の店舗である「CHARLE the STORE[1]を大阪市中央区西心斎橋に出店した。

本社は兵庫県神戸市須磨区弥栄台3丁目1番2号。『私たちの誓い』と称し『女性を元気にする日本一のグループへ』を方針として運営。

社名は、創業者の林雅晴が好きだったフランスの俳優シャルル・ボワイエに由来し、「シャルル」から字画を考慮して1画減らし「シャルレ」となった[2]

事業[編集]

  • 女性用下着、紳士や子供用の下着やソックス、タオル、化粧品などの販売。
  • ウエルネスをサポートする健康系商材。
  • 女性の健康サポートをコンセプトとした健康食品。

代理店・特約店制度[編集]

シャルレのビジネスモデルは、代理店や特約店と呼ばれるビジネスメンバーを通じて販売している。代理店や特約店は、試着会と呼ばれるホームパーティ形式で商品紹介をする仕組みで、顧客は試着をした商品の中から気に入ったものがあった場合のみ、予約できる。予約した商品は後日納品され、その際にも着用・使用方法や商品のケア方法等のアドバイスを受けられる。

百貨店・小売店ルートでの販売は、現時点では実施されておらず、店舗では大阪市中央区西心斎橋の「CHARLE the STORE」、もしくは通信販売「シャルレウェブストア[3]にて購入可能。

代理店や特約店と呼ばれる人達は、元は一般消費者で、シャルレ商品を気に入った人が販売するネットワークに加わる。シャルレから5割あるいは6割で製品を仕入れ、友達や知り合いにホームパーティ等で商品特性を説明・試着・フィッティングアドバイス等をしながら、販売実績に応じて代理店や特約店になり、代理店の一部は法人化・会社設立を行い経営者として取引を行っている。

人と人との繋がりを重視した、強固な販売ネットワークが成り立っている。

沿革[編集]

  • 1975年11月 - 創業者である林雅晴・宏子夫妻が、神戸市生田区(現・中央区)にて「株式会社関西ゴールデンユニバーサル」を設立し、婦人下着の販売を開始。
  • 1977年9月 - 神戸市葺合区(現・中央区)に本店移転。
  • 1977年11月 - 「株式会社シャルレ」(初代)に商号(社名)変更。
  • 1983年9月 - 神戸市中央区(現在地)に本店移転。
  • 1990年3月 - 神戸市須磨区(現在地)に本社移転(本店は中央区のまま)。
  • 1990年10月 - 株式を社団法人日本証券業協会店頭公開(現在のジャスダック証券取引所)。
  • 1995年6月 - 林宏子副社長が、代表取締役社長に就任。
  • 1998年11月 - 大阪証券取引所2部に上場。
  • 2003年1月 - 株式会社シンワを子会社化、ギフト事業に進出。
  • 2004年4月 - 三屋裕子顧問として入社。
  • 2004年6月29日 - 三屋裕子が代表取締役社長に就任。林宏子は代表取締役会長に就任。林雅晴が取締役会長を退任し、名誉会長に。
  • 2005年3月 - 子会社の株式会社シンワを「株式会社エニシル」に商号変更。
  • 2006年4月 - IT機器開発事業を行う子会社・株式会社エヌ・エル・シー コーポレーションを設立。
  • 2006年6月1日 - 会社分割によって株式会社シャルレ(2代目)を新設、シャルレ事業を承継させる。分割後の初代シャルレは「株式会社テン・アローズ」に商号変更、純粋持株会社に移行した。林宏子が代表取締役会長を退任し、取締役になる。
  • 2007年6月27日 - 親会社である株式会社テン・アローズ(初代シャルレ)の株主総会にて、過半数の議決権を持つ創業家出身で元副社長の林勝哉が、三屋裕子取締役兼代表執行役社長ら取締役7人の再任に反対し、勝哉を含む別の5人の取締役選任を求める修正動議を提出。修正動議は圧倒的多数で可決され、三屋ら取締役7人は全員解任された。代わって、林勝哉が取締役兼代表執行役社長に就任。また、同日の株式会社シャルレの株主総会においても、三屋社長の解任が可決された。(詳しくは後述
  • 2007年11月30日 - 株式会社エニシルを会社分割し、分割後の株式会社エニシル(新)をUCC上島珈琲グループでギフト業界最大手のシャディ株式会社に譲渡した。なお分割後の旧エニシルは「株式会社BE」に商号変更、清算処理を進め2008年4月30日付で解散。
  • 2008年9月19日 - マネジメント・バイアウト(MBO)実施を発表。
  • 2008年10月1日 - 会社分割(吸収分割方式)により株式会社シャルレ(2代目)のシャルレ事業を株式会社テン・アローズが承継。株式会社テン・アローズは商号を以前と同じ「株式会社シャルレ」(3代目)に変更して事業持株会社に移行。分割後の2代目・シャルレは「株式会社BC」に商号変更後、解散(2010年9月に清算結了)。
  • 2008年12月2日 - 林勝哉代表執行役社長を解任。(詳しくは後述
  • 2008年12月17日 - 買付予定数に達せず、TOB不成立となり、MBOは失敗に終わる。
  • 2008年12月31日 - 創業家の林宏子(元社長)と林勝哉(前社長)が取締役を辞任。
  • 2009年6月24日 - 株主総会定款を変更し、委員会設置会社から監査役会設置会社に移行。
  • 2010年5月 - 子会社・株式会社がいSを、KFE JAPAN株式会社からLED照明事業の事業譲受をしたうえで、第三者割当増資により同社との合弁会社とし、株式会社シャルレライテックに商号変更して、LED照明の販売・レンタル事業を開始。
  • 2012年3月30日 - KFE JAPAN株式会社との合弁契約を解消し、KFE保有の株式会社シャルレライテックの株式49.87%を3980円で取得し、完全子会社化[4]
  • 2012年4月 - 12日、岡本雅文代表取締役社長の辞任が発表され、橋本欣也常務取締役が新代表取締役社長に就任[5]。20日、6月に橋本欣也代表取締役社長が退任し、奥平和良執行役員が新代表取締役社長に就任することを発表[6]
  • 2012年12月- 株式会社シャルレライテックの全株式を株式会社サンコーテレコムに譲渡
  • 2013年7月16日 - 大阪証券取引所と東京証券取引所の現物株市場統合に伴い、東京証券取引所2部に上場。
  • 2014年9月6日 - 大阪市中央区西心斎橋1丁目10番9号に「CHARLE THE STORE」を出店。
  • 2016年6月1日 - 東京都港区 赤坂見附にてエステ×フィットネスの新タイプ女性専用サロン「モアレジーム」を出店。

経営者に関する動き[編集]

三屋裕子社長の解任[編集]

2006年に、2004年から社長に就任していた三屋裕子が、大株主である創業家により解任されている。

三屋が社長に就任していた時の業績は、連結決算で、

  • 2005年度売上 650億円、純利益 -1,932百万円
  • 2006年度売上 611億円、純利益 -76百万円
  • 2007年度売上 545億円、純利益 -2,545百万円

と売上高では-100億円以上の減収、純利益面でも赤字になっていた。この状況に危機感を抱いた大株主でもある創業家の林勝哉が、三屋社長を含む取締役全員の解任動議を発議することになった。但し、連結純利益の赤字要因は、後述の退職慰労金も含んでの数値である。

林勝哉の挙げた解任理由
  • 経営の現状について「非常事態だ」との認識
  • 前経営陣と合意したかったが、最後までそこに至らなかった
  • 三屋ら前経営陣の経営姿勢についてはブランド力の強化などで一定の評価
  • 女性の社会進出など取り巻く環境が変化し、昼間に訪問しても不在なことが多く、販売員の意欲低下につながっている
  • 2007年3月期の決算で売り上げ下降トレンドが止まらないことに危機感を持ったが、旧経営陣と現状認識で大きくずれていた
  • 一番にやらないといけないのは、女性下着販売などのコア事業の売上高減少に歯止めをかけること
三屋裕子の反論
  • 創業家と対立するつもりはない
  • コスト削減に努め、営業利益は就任時からV字回復している
  • 売り上げが回復していない責任は感じている
  • 就任する2004年まで7期連続で減少している。就任3年で結果を出すのは困難
  • 従来の方法の立て直しが先と判断しており、このことは(創業家も)了承済みと思っていた
  • 大株主からはスピード不足に映ったかもしれないが、間違っていなかったと思う
  • 経営責任を取るとすれば、一番責任のある私
第32回定時株主総会の結果

経営陣・創業家両者の溝が埋まらないまま、2007年6月27日に神戸コンベンションセンター神戸国際展示場で第32回定時株主総会が開催され、林勝哉の動議に対して、創業家側の株式保有56%を上回る84.15%という圧倒的多数で可決され、三屋社長を含む取締役全員の解任が決まった。

この解任劇は、三屋裕子のタレントとしての知名度もあってマスコミに連日報道されて大きな話題になった。

  • 解任の理由は、「業績低下」「訪問販売をめぐる経営戦略路線の違い」などが挙げられるが、それ以外に「増資」を前経営陣側が計画していたと報道された。増資を行うことによって創業家の持ち株比率を引き下げ創業家の力を削ぐのが狙いと思われるが、創業家側がそれを察知し解任動議発議に至ったとも言われている。
  • 三屋は解任後の記者会見で、「個人的な悔しさはない」「多くの方々を巻き込んだ総会が終わったという安堵感」「新経営陣には、われわれができなかったことをやっていただきたい」「チャンスを頂いた創業家には、素直な気持ちで感謝している」という誠実な発言を行った。また、この会見で司会を務めた社員が、「外部から招いたのに、失礼なことをしました。申し訳ない思いでいっぱいです」と話すと、三屋の目からこらえていた涙があふれ出た場面が一斉にマスコミに映し出され、三屋を解任した創業家への批判が集まりやすい側面もあった。

林勝哉社長の解任とMBO失敗[編集]

2008年9月19日に、マネジメント・バイアウト(MBO)実施を発表。創業家の資産管理会社でシャルレ(当時の商号はテンアローズ)の大株主である2社(有限会社サザンイーグル、有限会社オットー)を、モルガン・スタンレー系の投資ファンドが設立した株式会社Tomorrowが創業家から買取り、この2社が株式公開買付け(9月22日~11月5日)を実施し、買付け終了後に創業家が株式会社Tomorrowに出資をして、モルガン・スタンレーが51%、創業家が49%の株式を保有するというものであった。

取締役会は、MBO実施の公表に際して、これに賛同する旨を表明していた。しかし、後に内部通報により、この決議に利害関係人である林勝哉社長(当時。林勝哉は林雅晴・宏子創業者夫妻の長男)が関与し、買取り価格を低く誘導していた疑いが明らかになる。そこで同社は、10月26日にこの調査のために、外部の有識者からなる第三者委員会を設置し、10月31日に、第三者委員会は利益相反行為があったとの疑念を払拭できない旨の調査報告を行う。11月18日に、大阪証券取引所改善報告書の提出を請求したため、12月2日に改善報告書を提出したものの、不十分として12月16日までの再提出を求められた。これと同時に、12月2日には、取締役会が、MBOの一環として行われる公開買付けに対して賛同を撤回する旨の意見を表明するとともに、代表執行役社長である林勝哉を解任した[7]。1年半の間に2代続けて社長が解任されるという事態となっている。

この経営混乱から、MBOへの資金提供を予定していた三菱東京UFJ銀行が、予定されていた最大116億円の融資を中止。TOBの期限は3度目の延長がされ、株式会社Tomorrowは新たな融資先を確保しようとしたが、外部の融資先は確保できず、最終的には出資元のモルガン・スタンレー系の投資ファンドからの融資を一旦実質的に確保した。ところが、前述の林勝哉社長の解任を契機に、株式会社Tomorrowが創業家に請求して応募を中止させたことから、2008年12月17日に買付予定数に達しなかったとしてTOBは不成立となり、MBOは失敗した[8]

株主代表訴訟[編集]

MBOを巡る一連の騒動で同社が損害を受けたとして、同社の株主の一人が、同社の当時の社長で創業家出身の林勝哉ら旧経営陣を相手取り、神戸地方裁判所株主代表訴訟を起こした。2014年10月17日に同地裁は、林とその母親である林宏子に対し、MBOに伴う経費など約1億9,700万円を支払うよう命じたが、同社の信用毀損については否定した[9]

創業者夫婦に退職金18億円[編集]

会社を創業させた林夫婦に、退職慰労金として

  • 林雅晴 退職慰労金 2005年3月期 7億9100万円
  • 林宏子 退職慰労金 2007年3月期 8億9500万円

計18億円が支払われていたことに批判がある。 特に、林宏子の8億9500万円の退職慰労金を支払うことで7億7700万円の特別損失を計上、2007年3月期連結決算は4億4千万円の当期赤字になってしまった。

本来、退職慰労金は業績と連動した形で支払われるべきだが、赤字にしてまで多額の退職慰労金を支払う事に対して「会社を私物化している」「株主重視の流れに逆行している」などの批判の声が大きかった。

社会貢献[編集]

シャルレフェローシップ

様々な分野で人、地域、社会に貢献している女性、もしくは女性を中心としたグループを対象に「シャルレフェローシップ」を実施し、応援金(総額上限300万円)によって支援している。

ピンクリボン運動

2004年より、乳がんの早期発見・早期診断・早期治療の大切さを伝えるピンクリボン運動をスタート。2005年からは「ピンクリボンスマイルウオーク」に参加。また、ピンクリボン対象商品として「5daysショーツ」の売上の一部を活動に充てている。

企業のふるさと支援活動推進事業

兵庫県は農山村の活性化をめざし、過疎・高齢化に悩む地域と、企業による社会貢献を結びつける「企業のふるさと支援活動推進事業」を推進。シャルレはその第1号として、篠山市辻集落の辻営農生産組合、篠山市、兵庫県と4者で協定を締結。シャルレの社員及びその家族が、辻集落の特産品である黒大豆の定植、草引き、収穫や地域のイベント等に参加。「農・地域」への理解を深めながら、「美と健康」づくりの実践・発信。

屋上や壁面を緑化「ポートアイランドビル」

省エネルギーヒートアイランドの緩和を目指し、シャルレのポートアイランドビルでは屋上や壁面など敷地面積の50%を緑化。また、クールビズウォームビズに貢献する商品の開発・提供や、地球温暖化防止に取り組む「チャレンジ25」への参加など、積極的に地球温暖化防止に取り組んでいる。

東日本大震災支援

売上の一部(4,628万6,625円)、また、全国のビジネスメンバーから義援金を集め、支援。自社商品の寄付や子会社・株式会社シャルレライテックLED蛍光灯寄付、2011年秋発売商品の一部を東北レインボーハウス(仮称)建設のための寄付等に寄る支援などを実施。

綾戸智恵 "PRAYER" Live & Talk」を特別協賛。

提供番組(すべて過去)[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ CHARLE the STORE
  2. ^ 企業情報
  3. ^ シャルレウェブストア
  4. ^ KFE JAPAN株式会社との合弁契約の解消、及びそれに伴う株式会社シャルレライテックの株式の取得(100%子会社化)のお知らせ シャルレ・プレスリリース平成24年3月30日
  5. ^ 代表取締役の異動に関するお知らせ シャルレ・プレスリリース平成24年4月12日
  6. ^ 取締役候補者および代表取締役の異動に関するお知らせ シャルレ・プレスリリース平成24年4月20日
  7. ^ 女性下着販売シャルレ、創業家の林社長を解任 YOMIURI ONLINE・2008年12月3日
  8. ^ 当社普通株式に対する公開買付けの結果に関するお知らせ 株式会社シャルレ プレスリリース・2008年12月17日
  9. ^ シャルレMBO訴訟:元社長ら1億9700万円支払い命令 毎日新聞 2014年10月16日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]