シャルル=アルフォンス・デュ・フレノワ

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シャルル=アルフォンス・デュ・フレノワ

シャルル=アルフォンス・デュ・フレノワ(Charles-Alphonse Du Fresnoy、1611年 - 1668年1月16日)はフランスの画家、著述家である。絵画に関するラテン語の詩、『画論』("De arte graphica")の著者として知られる。

略歴[編集]

パリで薬剤師の息子に生まれた。医療に関する仕事の訓練を受け、ラテン語、ギリシャ語を学んだが、美術の道に進んだ。フランソワ・ペリエ(François Perrier:1590–1650)やイタリアで学んできた画家のシモン・ヴーエに学んだ。21歳になった時に、仕事のあてのないままローマに修行に出て、遺跡や建物を描いた[1]

2年間ローマで暮らした後、ブーエのもとで一緒に学んだピエール・ミニャールがローマに修行に来たことによって、ミニャールの援助で仕事が得られるようになった。ラファエロや古典を研究し、1653年からにヴェネツィアに移り、1656年にパリに戻った。フランスではランシー城(Château du Raincy)の装飾画を描いたとされる。脳卒中を起こしパリ近くで没した。[1]

絵画に関するデュ・フレノワのラテン語の詩、『画論』("De arte graphica")はイタリア滞在中に執筆され、ピエール・ミニャールによって出版された。1668年にロジェ・ド・ピル(Roger de Piles)によってフランス語に翻訳されたのをはじめ、いくつかの言語に翻訳され、17世紀、18世紀の画家に影響を与えた[2] 。英語にはジョン・ドライデンが翻訳した。イギリスの画家のジョシュア・レノルズが注釈を加えて出版されたりした。

作品[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b  この記述にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Fresnoy, Charles Alphonse Du". Encyclopædia Britannica (英語). 11 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 210. 
  2. ^ Du Graphe, or De Arte Graphica de Charles Alphonse Du Fresnoy, modern translation from Latin into French by Philippe-Joseph Salazar Paris, L'Alphée, 1990.