シャトル・アメリカ
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| 設立 | 1995年 | |||
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| 運航停止 | 2017年 | |||
| ハブ空港 |
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| マイレージサービス |
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| 会員ラウンジ |
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| 航空連合 | ||||
| 親会社 | リパブリックエアウェイズ・ホールディングズ | |||
| 保有機材数 | 68機 | |||
| 本拠地 |
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| 代表者 | Bryan Bedford (CEO) | |||
| 外部リンク |
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シャトル・アメリカ(英: Shuttle America)は、かつて存在したアメリカ合衆国の地域航空会社である。
インディアナ州インディアナポリスに本社を置き、シカゴ・オヘア国際空港およびヒューストン・ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港からユナイテッド・エクスプレスとして、またハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港とニューヨーク・ラガーディア空港およびニューヨーク・ジョン・F・ケネディ国際空港からデルタ・コネクションとして運航していた。また、デルタ・シャトルのラガーディア空港からワシントンD.C.とシカゴへの便の運航も担当していた。
2017年1月31日をもってリパブリック航空と合併した。
歴史
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1995年に設立され、1998年11月12日、格安地域航空会社として運航を開始した。当時はブラッドレー国際空港があるコネチカット州ハートフォード近郊のウィンザー・ロックスを拠点としており、最初に開設した路線はハートフォード - ニューヨーク州バッファロー間であった。50席のボンバルディア DHC-8-Q300を導入し、29ドルという低運賃を武器に話題を集めた。
1999年、ボストンに進出した。就航したのはボストンの代表的な空港であるローガン国際空港ではなく、そこから12マイル (19 km) 離れた隣市ベッドフォードのハンスコム飛行場であった。同飛行場には、無料駐車場、レンタカー店や高速道路I-95線至近など、ローガンにない利点が多くあり、当社はこの飛行場からバッファロー、ニューヨーク・ラガーディアやニュージャージー州トレントン、さらにトレントン経由でノースカロライナ州グリーンズボロへの路線を開設した。
最盛期には、当社は6機のQ300により1日あたり3,000人以上の乗客を輸送しており、就航先もニューヨーク州オールバニ・同州アイスリップ、バージニア州ノーフォーク、デラウェア州ウィルミントンが加わった。しかし、路線網拡大の一方で、財務面ではトラブルが進行していた。
2001年、当社は、当時シャトークア航空を所有していたウェックスフォード・ホールディングス (Wexford Holdings LLC) に買収された。以降、当社はUSエアウェイズ・エクスプレスとコードシェア協定を結び、USエアウェイズのハブ空港であるフィラデルフィアとピッツバーグに乗り入れ、さらに季節運航でマサチューセッツ州マーサズ・ヴィニヤードにも就航した。同時に、機材もQ300から一回り小さなQ100に移行を開始し、また元シャトークア航空のサーブ340も導入を始めた。これらの動きに伴い、独立ブランドとしてのシャトル・アメリカは消滅し、USエアウェイズおよびユナイテッド航空とのコードシェア便として運航することとなった。
2002年、本社をインディアナ州フォートウェインに移転したが、2005年にリパブリックエアウェイズ・ホールディングズによる買収に伴い、リパブリックの拠点があるインディアナポリスに本社移転。機材もサーブ340からエンブラエルE-170に置き換えられ、デルタ航空のブランドであるデルタ・コネクションとユナイテッド航空のユナイテッド・エクスプレスとして運航することになった。
2008年10月、モクレレ航空と提携し、同社の塗装とした3機のE-170を同社のハブであるホノルルを拠点に運航開始したが、2009年10月に、ハワイ州内でボンバルディア CRJを運航するメサ・エア・グループとリパブリックが合弁に合意した[2]ことに伴い、当社とモクレレの提携は終了した。
2014年、親会社であるリパブリックエアウェイズ・ホールディングスは、コスト削減のため、同社の傘下にある当社およびリパブリック航空、シャトークア航空の合併手続きを開始すると表明。これに従って同年末までに当社とシャトークア航空が合併した[3]。2016年2月にリパブリックエアウェイズ・ホールディングスが破産保護を適用されたことにより、同社はリパブリック航空と当社の合併を発表した。2017年1月30日を最後に当社は運航を終了し、残っていた機材と乗務員はすべてリパブリック航空に移籍した。
保有機材
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2017年1月時点のシャトル・アメリカの機材は以下の通り。
| 機種 | 機数 | 発注中 | 座席数 | 運航先 | 備考 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| F | E+ | E | 合計 | |||||
| エンブラエルE-170 | 5 | — | 6 | 16 | 48 | 70 | ユナイテッド・エクスプレス | リパブリック航空に譲渡 |
| 14 | — | 9 | 12 | 48 | 69 | デルタ・コネクション デルタ・シャトル | ||
| エンブラエルE-175 | 16 | — | 12 | 12 | 52 | 76 | 2機はリパブリック航空からのウェットリース | |
| 合計 | 35 | — | ||||||
航空事故
[編集]当社の運航便において死亡事故は起きていないが、それに至らない程度の事故・インシデントは数件発生している。主なものを以下に挙げる。
- 2005年6月8日、ユナイテッド・エクスプレスとして運航の、ニューヨーク州ホワイト・プレインズ発シャトル・アメリカ7534便(サーブ340A)がワシントン・ダレス国際空港へ進入中、降着装置の不具合が発生した。着陸の際に降着装置が損壊し、機体は滑走路を逸脱して芝生エリアに突入した。乗客27名と乗員3名に負傷者はいなかったが、機体は修理不能の損傷を受けた[4]。
- 2005年2月18日、デルタ・コネクションとして運航の、アトランタ発シャトル・アメリカ6448便(エンブラエルE-170)がクリーブランド・ホプキンス国際空港に着陸した際、雪の積もった滑走路でスリップし、滑走路を逸脱してフェンスに衝突した。乗客70名と乗員4名に負傷者はいなかった[5]。
- 2012年2月27日、ユナイテッド・エクスプレスとして運航の、アトランタ発シャトル・アメリカ5124便(エンブラエルE-170)がニューアーク・リバティー国際空港に進入中、前輪の不具合が発生した。同機は前輪が格納されたまま主脚のみで緊急着陸し、滑走路上で停止した。66名の乗客と4名の乗員に負傷者はいなかった[5]。
- 2013年6月13日、デルタ・コネクションとして運航の、フロリダ州ジャクソンビル行きシャトル・アメリカ機(エンブラエルE-170)がラガーディア空港を離陸した直後、ジョン・F・ケネディ国際空港に進入中のデルタ航空機(ボーイング747)とニアミスを起こした。これは、デルタ機がウインドシアのため着陸のやり直しを管制に求めたが、同じ滑走路からちょうど別の機が離陸したところで、右に旋回すると後方乱気流の影響を受けることから、管制がデルタ機に対し左方向に旋回を指示したところ、ラガーディア空港からの離陸経路と重なってしまったものである。本来、両機は水平方向に3マイル、垂直方向に1,000フィート離れていなければならないところ、実際にはそれぞれ0.4マイル・200フィートの距離まで接近していた。両機は互いに回避操作を行い、両機とも無事に着陸した[6]。
脚注
[編集]- ↑ ICAO8585 Edition 141
- ↑ “Mokulele, go! airlines merging” (英語). Honolulu Star-Bulletin. (2009年10月13日) 2009年11月13日閲覧。
- ↑ “Shuttle America To Absorb Chautauqua Airlines”. ch-aviation (2014年7月28日). 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “Metro” (英語). ワシントン・ポスト. (2005年6月8日) 2026年5月2日閲覧。
- 1 2 Embry Riddle University (2008年1月26日). “Runway Overrun During Landing Shuttle America, Inc. Doing Business as Delta Connection Flight 6448” (pdf) (英語). 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “FAA investigates near-miss by 2 planes over NYC” (英語) (2013年6月21日). 2013年8月16日閲覧。