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シャトル・アメリカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シャトル・アメリカ
Shuttle America
IATA
S5
ICAO
TCF
コールサイン
MERCURY[1]
設立 1995年
運航停止 2017年
ハブ空港
マイレージサービス
会員ラウンジ
航空連合
親会社 リパブリックエアウェイズ・ホールディングズ
保有機材数 68機
本拠地 アメリカ合衆国の旗 インディアナ州インディアナポリス
代表者 Bryan Bedford (CEO)
外部リンク www.shuttleamerica.com ウィキデータを編集
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シャトル・アメリカ: Shuttle America)は、かつて存在したアメリカ合衆国地域航空会社である。

インディアナ州インディアナポリスに本社を置き、シカゴ・オヘア国際空港およびヒューストン・ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港からユナイテッド・エクスプレスとして、またハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港ニューヨーク・ラガーディア空港およびニューヨーク・ジョン・F・ケネディ国際空港からデルタ・コネクションとして運航していた。また、デルタ・シャトル英語版のラガーディア空港からワシントンD.C.シカゴへの便の運航も担当していた。

2017年1月31日をもってリパブリック航空と合併した。

歴史

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独自運航時代のボンバルディアQ300。1999年、ブラッドレー国際空港にて
モクレレ航空として運航していたエンブラエルE-170。2009年、ダニエル・K・イノウエ国際空港にて

1995年に設立され、1998年11月12日、格安地域航空会社として運航を開始した。当時はブラッドレー国際空港があるコネチカット州ハートフォード近郊のウィンザー・ロックスを拠点としており、最初に開設した路線はハートフォード - ニューヨーク州バッファロー間であった。50席のボンバルディア DHC-8-Q300を導入し、29ドルという低運賃を武器に話題を集めた。

1999年、ボストンに進出した。就航したのはボストンの代表的な空港であるローガン国際空港ではなく、そこから12マイル (19 km) 離れた隣市ベッドフォード英語版ハンスコム飛行場英語版であった。同飛行場には、無料駐車場、レンタカー店や高速道路I-95線至近など、ローガンにない利点が多くあり、当社はこの飛行場からバッファロー、ニューヨーク・ラガーディアやニュージャージー州トレントン、さらにトレントン経由でノースカロライナ州グリーンズボロへの路線を開設した。

最盛期には、当社は6機のQ300により1日あたり3,000人以上の乗客を輸送しており、就航先もニューヨーク州オールバニ・同州アイスリップ英語版バージニア州ノーフォークデラウェア州ウィルミントンが加わった。しかし、路線網拡大の一方で、財務面ではトラブルが進行していた。

2001年、当社は、当時シャトークア航空英語版を所有していたウェックスフォード・ホールディングス (Wexford Holdings LLC) に買収された。以降、当社はUSエアウェイズ・エクスプレスコードシェア協定を結び、USエアウェイズハブ空港であるフィラデルフィアピッツバーグに乗り入れ、さらに季節運航でマサチューセッツ州マーサズ・ヴィニヤードにも就航した。同時に、機材もQ300から一回り小さなQ100に移行を開始し、また元シャトークア航空のサーブ340も導入を始めた。これらの動きに伴い、独立ブランドとしてのシャトル・アメリカは消滅し、USエアウェイズおよびユナイテッド航空とのコードシェア便として運航することとなった。

2002年、本社をインディアナ州フォートウェインに移転したが、2005年にリパブリックエアウェイズ・ホールディングズによる買収に伴い、リパブリックの拠点があるインディアナポリスに本社移転。機材もサーブ340からエンブラエルE-170に置き換えられ、デルタ航空のブランドであるデルタ・コネクションとユナイテッド航空のユナイテッド・エクスプレスとして運航することになった。

2008年10月、モクレレ航空と提携し、同社の塗装とした3機のE-170を同社のハブであるホノルルを拠点に運航開始したが、2009年10月に、ハワイ州内でボンバルディア CRJを運航するメサ・エア・グループ英語版とリパブリックが合弁に合意した[2]ことに伴い、当社とモクレレの提携は終了した。

2014年、親会社であるリパブリックエアウェイズ・ホールディングスは、コスト削減のため、同社の傘下にある当社およびリパブリック航空、シャトークア航空の合併手続きを開始すると表明。これに従って同年末までに当社とシャトークア航空が合併した[3]。2016年2月にリパブリックエアウェイズ・ホールディングスが破産保護を適用されたことにより、同社はリパブリック航空と当社の合併を発表した。2017年1月30日を最後に当社は運航を終了し、残っていた機材と乗務員はすべてリパブリック航空に移籍した。

保有機材

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ユナイテッド・エクスプレスとして運航していたシャトル・アメリカのエンブラエルE-170
デルタ・コネクションとして運航していたシャトル・アメリカのエンブラエルE-175

2017年1月時点のシャトル・アメリカの機材は以下の通り。

シャトル・アメリカの保有機材
機種 機数 発注中 座席数 運航先 備考
F E+ E 合計
エンブラエルE-170 5 6 16 48 70 ユナイテッド・エクスプレス リパブリック航空に譲渡
14 9 12 48 69 デルタ・コネクション
デルタ・シャトル
エンブラエルE-175 16 12 12 52 76 2機はリパブリック航空からのウェットリース
合計 35

航空事故

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当社の運航便において死亡事故は起きていないが、それに至らない程度の事故・インシデントは数件発生している。主なものを以下に挙げる。

  • 2005年6月8日、ユナイテッド・エクスプレスとして運航の、ニューヨーク州ホワイト・プレインズ発シャトル・アメリカ7534便(サーブ340A)がワシントン・ダレス国際空港へ進入中、降着装置の不具合が発生した。着陸の際に降着装置が損壊し、機体は滑走路を逸脱して芝生エリアに突入した。乗客27名と乗員3名に負傷者はいなかったが、機体は修理不能の損傷を受けた[4]
  • 2005年2月18日、デルタ・コネクションとして運航の、アトランタ発シャトル・アメリカ6448便(エンブラエルE-170)がクリーブランド・ホプキンス国際空港に着陸した際、雪の積もった滑走路でスリップし、滑走路を逸脱してフェンスに衝突した。乗客70名と乗員4名に負傷者はいなかった[5]
  • 2012年2月27日、ユナイテッド・エクスプレスとして運航の、アトランタ発シャトル・アメリカ5124便(エンブラエルE-170)がニューアーク・リバティー国際空港に進入中、前輪の不具合が発生した。同機は前輪が格納されたまま主脚のみで緊急着陸し、滑走路上で停止した。66名の乗客と4名の乗員に負傷者はいなかった[5]
  • 2013年6月13日、デルタ・コネクションとして運航の、フロリダ州ジャクソンビル行きシャトル・アメリカ機(エンブラエルE-170)がラガーディア空港を離陸した直後、ジョン・F・ケネディ国際空港に進入中のデルタ航空機(ボーイング747)とニアミスを起こした。これは、デルタ機がウインドシアのため着陸のやり直しを管制に求めたが、同じ滑走路からちょうど別の機が離陸したところで、右に旋回すると後方乱気流の影響を受けることから、管制がデルタ機に対し左方向に旋回を指示したところ、ラガーディア空港からの離陸経路と重なってしまったものである。本来、両機は水平方向に3マイル、垂直方向に1,000フィート離れていなければならないところ、実際にはそれぞれ0.4マイル・200フィートの距離まで接近していた。両機は互いに回避操作を行い、両機とも無事に着陸した[6]

脚注

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  1. ICAO8585 Edition 141
  2. “Mokulele, go! airlines merging” (英語). Honolulu Star-Bulletin. (2009年10月13日) 2009年11月13日閲覧。
  3. Shuttle America To Absorb Chautauqua Airlines”. ch-aviation (2014年7月28日). 2026年5月2日閲覧。
  4. “Metro” (英語). ワシントン・ポスト. (2005年6月8日) 2026年5月2日閲覧。
  5. 1 2 Embry Riddle University (2008年1月26日). Runway Overrun During Landing Shuttle America, Inc. Doing Business as Delta Connection Flight 6448 (pdf) (英語). 2026年5月2日閲覧。
  6. FAA investigates near-miss by 2 planes over NYC (英語) (2013年6月21日). 2013年8月16日閲覧。

外部リンク

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