シティバンク、エヌ・エイ (在日支店)

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シティバンク、エヌ・エイ (在日支店)のデータ
統一金融機関コード 0401
SWIFTコード CITIJPJT
代表者氏名 ダグラス・エル・ピーターソン
(2007年6月30日時点)(在日支店CEO
店舗数 25
(2005年4月1日現在)
(プライベートバンキング専門支店、
東京支店等を除く)
設立日 1902年
(シティバンク オブ ニューヨーク
インターナショナルバンキング・
コーポレーション 旧・横浜支店)
所在地
〒107-6105
東京都港区赤坂五丁目2番20号
赤坂パークビルヂング
外部リンク 公式サイト
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シティグループの日本拠点が入居している、天王洲アイルのシティグループセンター(左のビル)

シティバンク、エヌ・エイ (在日支店) (Citibank, N.A., Japan Branches)とは、米国に本拠を置く金融機関(銀行)であるシティバンク、エヌ・エイがかつて日本に展開していた在外支店である。2007年7月1日に、日本法人シティバンク銀行株式会社に事業譲渡したため、前営業日である2007年6月29日をもってその役割を終えた。 なお、シティバンク、エヌ・エイは2017年4月1日に再び東京支店を開設し、シティバンク銀行から事業譲渡を受ける予定。

概説[編集]

1902年10月にシティバンク、エヌ・エイの前身であるインターナショナル・ バンキング・コーポレーションが横浜支店を開設したのが日本での事業の始まりである。2年後には神戸に、1920年代には東京・大阪にも出店し4店舗体制となるが、1941年、日米関係の悪化に伴いすべて閉店、日本から撤退した。戦後、1946年に東京で営業を再開、残る3店舗も次々再開し1951年には名古屋に新規出店、長らく5店舗体制が続いた。1981年には赤坂支店を開設。(以上6店舗については730番台の店番号となっている。)

1980年代後半から、他の外国銀行支店とは一線を画す動きを見せ始める。1988年にマルチマネー口座を日本でも開始。銀行カラーは本国と同じく金地に黒文字。当時は、マルチマネー・セービングス、マルチマネー定期預金、ワールドミックス定期預金、ゴールド・セービングスの4種類から開始。1988年に新宿南口出張所(後年、支店に昇格)を開店して以後、店舗網を拡大。国際送金を要する顧客や在日外国人のみならず、日本国内の大口個人顧客に対するプライベートバンキングなど業容を拡大している(ただし2004年、行政処分を機にプライベートバンキング業務を日本から撤退している。詳細は後述)。

同時期、日本では、それまで外国為替銀行法に基づき、東京銀行および「外国為替公認銀行」としてシティバンク、エヌ・エイ在日支店など外国銀行支店がその任にあった外国為替業務に、東京銀行以外の日本の金融機関が次々参入している(これが、1996年の東京銀行の合併による消滅および1998年の外国為替銀行法廃止の背景でもある)。シティバンクから見れば、日本において、外国為替業務という寡占を奪われる形になったが、日本の銀行が顧客層としていた業務に参入し、かつ、外国銀行すなわち「外資系」であることの強みを生かした業務展開にて、新たなポジションを確立した。特に1990年代後半、日本の金融機関が軒並み不況そして金融危機にあえぐ中で、シティバンクは日本での出店姿勢を継続、新規顧客の開拓に成功している[要検証 ]ほか、1999年には郵便局のキャッシュサービス(現:ゆうちょ銀行ATM)での入出金を開始している(出金のみであれば、1980年代に第一勧業太陽神戸大和の3行のATMと直接接続しサービスを開始、1990年にはBANCSに移行しすべての都市銀行での出金が可能となっている)。1991年1月13日より日曜日も同様に利用できるようになった。大阪支店と新宿南口支店では利用できなかった。

1985年電電公社フリーダイヤルを開始すると同時にフリーダイヤルを用いた顧客対応を開始した(当時は行員への直通通話用のみ。テレホンバンキングを開始したのは1988年)ほか、1980年代後半には世界に広がるシティバンクのネットワークを生かしたシティバンク独自の概念を反映したアカウント口座「マルチマネー」を開始した。1990年代には、インターナショナルキャッシュカードの発行(1991年、日本初)、ATMの24時間稼動開始、口座維持手数料の導入(当初は30万円未満の顧客を対象としていた)。1991年3月12日よりキャッシュカードでの1日当たりの引き出し限度額が、従来の100万円から300万円に引き上げられた。1992年に東京支店が分割され、個人部門は東京支店から大手町支店に口座変更し存続、法人部門を東京支店として大手町から天王洲アイルのシティコープセンターに移転する。1998年にはインターネットバンキング「シティダイレクト」(後年「シティバンク オンライン」に改称)を開始した。2003年には銀座支店で窓口の「365日営業」を開始した。

その後、日本におけるシティグループの銀行業務を外国法人から日本法人(現地法人)へ移管することになり、シティバンク準備株式会社が2007年3月27日付で設立。2007年7月1日に在日支店の業務を、同社から改称したシティバンク銀行株式会社へ譲渡され営業開始された。これにより、預金保険の対象外であったシティバンクの円預金が預金保険の対象になった。

なお、シティバンク、エヌ・エイ在日支店の看板上の日本語表記については「シティバンク銀行」としていた。これは日本において銀行業務を行う場合、外国法人であっても「銀行」の文字を掲げる必要があるための措置である。それ以外の印刷物には「銀行」の文字を入れたり「シティバンク銀行」としたりすることはなかった。他金融機関から全銀ネットでシティバンクへ振込をした場合、銀行名である「シティバンク、エヌ・エイ」と表記されるのが正しい。

所轄税務署は1992年の本部移転より品川税務署だった。

なお、シティバンク、エヌ・エイは2017年4月1日に再び東京支店を開設し、シティバンク銀行からその事業の全部の譲渡を受ける予定である。

在日支店の不祥事[編集]

2004年には、在日支店の富裕層の資産運用を助言するプライベートバンキング部門において、融資と債権の違法な抱き合わせ販売や株価操作のための資金提供、組織犯罪関係者のマネーロンダリングの手助けや匿名口座と知りながら大口顧客の口座開設などを行った不祥事が金融庁に摘発された。金融庁の厳しい行政処分により拠点の認可取り消しなどがされ、同部門の閉鎖、全面撤退が行われた[1]

在日支店の金融商品・サービス[編集]

シティバンク、エヌ・エイ在日支店時代、日本の銀行で初めて[要出典]、以下のサービスを提供した。

  • 自行ATMの24時間稼動
  • 総預金残高が一定以上の場合、以下の優遇サービスを提供
    • 提携金融機関利用時のATM利用手数料をキャッシュバック(口座に入金)し、実質無料化

ただし、総預金残高が一定未満の場合、口座維持手数料を徴収される。なお、提携金融機関利用時のATM手数料のキャッシュバックは現在では新生銀行スルガ銀行ダイレクトバンク支店、ANA支店等などが追従している(優遇適用条件もこれらの金融機関のほうが低い)。

1995年に日本人向けに住宅ローンの取扱いを開始。テレホンバンキングでの一部繰上返済手続とその手数料が何度でも無料という点が先駆的であったが、2002年9月30日を以て債権をUFJ銀行へ一括譲渡し、同サービスとそれに携わる部署を閉鎖し、撤退した(繰上返済を行うまではシティバンクの円預金口座からの口座振替による返済が継続)。翌2003年にシティグループは日本においてCFJ (企業)を立ち上げ、グレーゾーン金利撤廃までは高収益であった消費者金融事業に注力することになった。その後シティバンク銀行が2008年より住宅ローンの新規取扱を開始(実質的に再開)している。

2007年4月1日に開設される東京支店においては、シティバンク銀行から譲渡を受ける法人向け業務を行う予定である。

関連項目[編集]

脚注[編集]