ザームエル・ホルトハイム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ザームエル・ホルトハイムSamuel Holdheim, 1806年xx月xx日 ポーゼン管区ケンペン(ケンプノ Kępno) - 1860年8月22日 ベルリン)はプロイセンポーランド出身の、ドイツ改革派ラビ

ポーゼン管区の正統派の出身であったが、変化する時代はトーラーの大きな変化を要求するという考えを当時最も推し進め、その内容は、土曜シャッバートから日曜礼拝への移行、祭典の廃止、宗教上の慣習の廃止、非ユダヤ人との結婚に関わるということであった。

ケンプノに正統派ユダヤ教徒の子として生まれ、イェシーバーラビ文学を学んだ。その後プラハ哲学などを学ぶ。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

 この記事にはパブリックドメインである次の文書本文が含まれる: Singer, Isidore; et al., eds. (1901–1906). "要記事名". Jewish Encyclopedia. New York: Funk & Wagnalls Company.