ザンビヤ (イシン王)

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ザンビヤ
Zambīia
イシン
Inscribed Cone of King Zambiya of Isin, Isin-Larsa period, reign of Zambiya, c. 1836-1834 BC, baked clay - Oriental Institute Museum, University of Chicago - DSC07474.JPG
イシンのザンビヤ王の内接円錐 イシン・ラルサ時代、紀元前1836~1834年頃、焼成粘土 - シカゴ大学東洋研究所博物館
在位 紀元前1774年 - 紀元前1742年

王朝 イシン第1王朝
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ザンビヤdza-am-bi-iaZambīia)は、古代メソポタミアの都市国家・イシン第1王朝の王。

在位期間は低年代説英語版によると紀元前1774年から紀元前1772年、中年代説によると紀元前1836年から紀元前1832年。

略歴[編集]

シュメール王名表によると[i 1]、ザンビヤは3年間統治した[1]。ザンビヤはラルサシン・イキシャムと同時代の王であり、シン・イキシャムの5年目と最後の年名はザンビヤに勝利したことを表している。「エラム(とイシンの王)の軍隊が武器を持って敗北した年」とあり、イシンとエラムの間でラルサに対する連合があったことを示唆している。ニップルの都市は、都市国家間で激しく争われた。もしザンビヤがこの戦いで生き残っていたならば、彼はシン・イキシャムの後継者、シリ・アダドワラド・シンと同時代になっていた可能性がある[2]

ザンビヤについては、円錐形の断片に一枚の碑文があり[i 2]、それには次のように書かれている。

ザンビヤ、ニップルを崇拝する羊飼い、エキュール英語版のために背の高い亜麻と穀物を持ってくる農夫、Egalmaḫの中庭を豊かなもので満たす真の提供者、イシンの王、シュメールアッカドの土地の王、女神イナンナによって選ばれた配偶者、神エンリルと女神ニンティヌガー英語版の最愛の人、イシンの偉大な壁を築いた。その壁の名は「ザンビヤは女神イナンナの最愛の人である」[3]
Zambīia、Commemorative inscription for great wall of Isin

ザンビヤに代わって女神ナンシェ英語版に捧げられた奉納品は、青銅製の雄牛に刻まれた碑文から写されたものである[4]

脚注[編集]

  1. ^ The Sumerian King List, WB 444, Ash. 1923.444, the Weld-Blundell prism.
  2. ^ A 7557, IM 77073.

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ Jöran Friberg (2007). A Remarkable Collection of Babylonian Mathematical Texts: Manuscripts in the Schøyen Collection: Cuneiform Texts. Springer. p. 231 
  2. ^ Marten Stol (1976). Studies in Old Babylonian history. Nederlands Historisch-Archaeologisch Instituut te İstanbul. p. 15 
  3. ^ Douglas Frayne (1990). Old Babylonian period (2003-1595 BC): Early Periods, Volume 4 (RIM The Royal Inscriptions of Mesopotamia). University of Toronto Press. pp. 91–92 
  4. ^ Karen Radner, Eleanor Robson (2011). The Oxford Handbook of Cuneiform Culture. Oxford University Press. p. 569