サヴァン症候群
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サヴァン症候群(サヴァンしょうこうぐん、英語: savant syndrome)とは、知的障害や発達障害などのある者のうち、ごく特定の分野に限って優れた能力を発揮する者の症状を指す。
歴史[編集]
イギリスの医師ジョン・ランドン・ダウン(英語: John Langdon Down)は1887年、膨大な量の書籍を一回読んだだけですべて記憶し、さらにそれをすべて逆から読み上げるという、常軌を逸した記憶力を持った男性を報告した。その天才的な能力を持つにもかかわらず、通常の学習能力は普通である彼を「idiot savant」(イディオ・サヴァン=賢い白痴【仏語】)と名付けた。
ただし、彼が自閉症の診断基準を満たしている記述は論文には存在しない。論文上には「他の学習能力は通常である」と記載があるのみである。後に"idiot"が差別的な意味を持っていることから、「サヴァン症候群」と改められた。
原因[編集]
サヴァン症候群の原因は諸説があり、特定には至っていない。実際、症例により、各々メカニズムがことなり、同じ症例は二つとないという考えもある。脳の器質因にその原因を求める論が有力だが、自閉性障害のある者が持つ特異な認知をその原因に求める説もある。コミュニケーション障害・自閉性障害のある者の全てがこのような能力を持っているわけではない。自閉症と同様、男女比は男性が女性の数倍である。
広義には、障害にもかかわらずある分野で他の分野より優れた(健常者と比較して並外れているわけではない)能力を持つ人も含めることもある。また、いわゆる天才や偉人の多くは円満な人格者ではなく、中には日常生活に支障が出るほどの変人、時にコミュニケーション障害・自閉性障害に近いほどの変人もおり、それがさらに極端になって「紙一重」を超えてしまったのがサヴァン症候群だという見方もある。
能力の例[編集]
- ランダムな年月日の曜日を言える(カレンダー計算)。ただし通常の計算は、1桁の掛け算でも出来ない場合がある。
(ただし簡単なカレンダー計算は軽度知的障害がある自閉症の10人に1くらいはできるとされているのでほとんどの場合はサヴァンではない)
- 航空写真を少し見ただけで、細部にわたるまで描き起こすことができる(映像記憶)。
- 書籍や電話帳、円周率、周期表などを暗唱できる。内容の理解を伴わないまま暗唱できる例もある。
- 並外れた暗算をすることができる。
- 音楽を一度聞いただけで再現できる[1]。
- 語学の天才で数カ国語を自由に操る。
この他にも様々な能力(特に記憶に関するもの)がみられるが、対象物が変わると全く出来なくなってしまうケースがある(航空写真なら描き起こすことができるが、風景だとできない、など)。
サヴァン症候群に関する報告で、一部に信憑性への疑問が出てきた。100個以上の物の数を瞬間的に把握する能力(以下で述べる映画『レインマン』でも取り上げられた)、および10桁もの巨大な素数を言う能力についてである。文献ではESPなどが挙がっていることさえある。
映画『レインマン』に於ける能力の描写[編集]
1988年に映画『レインマン』がヒットして、サヴァン症候群への関心が高まることとなった。原作を書いた作家バリー・モロー(英語: Barry Morrow)は、最初にテキサスのARC打ち合わせでサヴァン症患者キム・ピークと会ってインスピレーションを受けた。また、キム・ピークのもの以外のサヴァン症候群もレイモンドの役設定に盛り込まれた。
映画は、全体を通じて専門家の監修のもと、サヴァン症候群の様子が比較的忠実に描写されている。サヴァン症候群患者であるレイモンド役を演じたダスティン・ホフマンは、役作りの上でサヴァン症候群の患者何人かに会っている。ホフマンが会った患者の中でもレイモンドの能力や行動に最も近いのは、驚異的な速算力で有名だったジョゼフ・サリヴァンである。
著名人[編集]
以下に知的障害または自閉症障害、もしくはその両方があり、かつ優れた能力があるとされる人物を挙げる。
- Alonzo Clemons - アメリカの粘土造形家[2]。
- Tony DeBlois - 視覚障害者のアメリカ人音楽家[3]。
- Leslie Lemke - 盲目のアメリカ人音楽家[4]。
- Jonathan Lerman - アメリカの芸術家[5]。
- Thristan Mendoza - フィリピン人。マリンバに秀でる[6]。
- デレク・パラヴィチーニ - 盲目の英国人音楽家[7]。
- キム・ピーク - 1988年の映画『レインマン』のきっかけとなった。大変な記憶力をもっていたと考えられている[4][8][9]。
- James Henry Pullen - 英国の卓越した大工[10]。
- Matt Savage - アメリカの自閉症ジャズマン[11]。
- Henriett Seth-F. - ハンガリーの自閉症サヴァン。詩人、作家、芸術家[12]。
- ダニエル・タメット - 英国の自閉症サヴァン[13]
- スティーヴン・ウィルシャー - 英国の建築芸術家[14]。
- Richard Wawro - スコットランドの芸術家[4]。
- 大江光 - 大江健三郎の長男で作曲も多い。
サヴァン症候群を扱った作品[編集]
- 『Flash Forward』
- 『吉里吉里人』 - 井上ひさしの小説で、百科事典をフォトコピーして覚えてしまう男性が出てくる。
- 『ピュア』‐ 1996年に放送されたドラマ。主人公・折原優香が、オブジェ制作での卓越した才能をもっている様子が描かれている恋愛ドラマ。
- 『残響のテロル』 - 2014年のテレビアニメ。サヴァン症候群を人工的に生み出そうとする人体実験が登場する。
- 『静かな生活』 - 大江健三郎の小説で、義兄に当たる伊丹十三監督が映画化。
- 『ATARU』 - 2012年に放送されたドラマ。主人公のチョコザイこと猪口在(いのぐちあたる)が次々と「捨て山」と呼ばれる事件を解決していく。2013年1月にはスペシャル版が放送され同年9月には映画化もされた。
- 『CUBE』 - 1997年製作のカナダ映画。監督はヴィンチェンゾ・ナタリ。この作品では因数分解を暗算で瞬時に行える青年が登場する。
- 『相棒 season7 最終話』 - サヴァン症候群の男性が描いた絵から事件が発覚する。
- 『相棒 season16 第4話』 - 殺された被害者がサヴァン症候群であることが判明する。数学において特異な才能を有する。
- 『クビキリサイクル』‐ヒロインである玖渚友がサヴァン症候群を発症している。機械の天才
参考文献[編集]
- ダロルド・トレッファート『なぜかれらは天才的能力を示すのか』(草思社 1990年)
- 熊谷高幸『自閉症の謎こころの謎-----認知言語学からみたレインマンの世界』(ミネルヴァ書房 1991年)
- ニール・スミス&イアンシ-マリア・ツィンプリ『ある言語天才の頭脳』(新曜社 1999年)
脚注[編集]
- ^ オリバー・サックス『音楽嗜好症』(早川書房 2010年)。
- ^ Treffert, Darold. “Alonzo Clemons - Genius Among Us”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- ^ Treffert, Darold. “Tony DeBlois - A Prodigious Musical Savant”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- ^ a b c Treffert, Darold A. and Gregory L. Wallace (2003年). “Islands of Genius (PDF)”. Scientific American, Inc. 2007年11月8日閲覧。
- ^ Jonathan Lerman:
- Treffert, Darold. “Jonathan Lerman - An Extraordinary Artist”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- Blumenthal, Ralph (2002年1月16日). “Success at 14, Despite Autism; His Drawings Go for Up to $1,200 and Win High Praise”. The New York Times 2007年11月5日閲覧。
- ^ Treffert, Darold. “Thristan "Tum-Tum" Mendoza - A Child Prodigy Marimbist With Autism from the Philippines”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- ^ Derek Paravicini:
- Treffert, Darold. “Derek Paravicini - A Talent and Love for Music”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- “Meet Musical Savant Rex: Lesley Stahl Checks In On A Boy With An Extraordinary Musical Talent”. CBS, 60 Minutes (2005年10月23日). 2007年11月8日閲覧。
- ^ “NASA Studying 'Rain Man's' Brain”. Space.com (2004年11月8日). 2007年9月14日閲覧。
- ^ Wulff, Jane (2006年11月). “Kim Peek and Fran Peek: 'I am important to know you' (PDF)”. Multnomah Education Service District. 2007年9月18日閲覧。
- ^ James Henry Pullen:
- Ward, O. Conor - "The Childhood and the Life of James Henry Pullen, the Victorian Idiot Savant (1832-1916)", Abstract of article cited at adc.bmjjournals.com Retrieved on 2006年6月14日.
- Treffert, Darold. “James Henry Pullen - Genius of Earlswood Asylum”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- ^ Matt Savage:
- "The Prodigy" - People magazine 2002年6月17日.
- Treffert, Darold. “Matt Savage - A 14-Year-Old Marvelous Musician”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- ^ Treffert, Darold. “Henriett Seth F. - Rain Girl”. Wisconsin Medical Society. 2007年11月7日閲覧。
- ^ Johnson, Richard (2005年2月12日). “A genius explains”. The Guardian. 2007年11月8日閲覧。
- ^ “Unlocking the brain's potential”. BBC News (2001年3月10日). 2007年11月8日閲覧。
外部リンク[編集]
- savantsyndrome.com - Physicians Page | Wisconsin Medical Society(SAVANT SYNDROME)