サンドリヨン (マスネ)

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1899年オペラ=コミック座における初演を知らせるポスター。エミル・ベルトラン(Émile Bertrand)画

サンドリヨン」(フランス語: Cendrillon)は、ジュール・マスネが作曲したオペラ(正式には「妖精物語」Conte de fées)。「シンデレラ」とも表記される。シャルル・ペローの童話「シンデレラ」を原作とし、台本はアンリ・カーン英語版による。

作品[編集]

1894年の6月、オペラ「ナヴァラの娘英語版」の初演のためロンドンを訪れていたマスネとカーン(同作の脚本に参加していた)の間で「サンドリヨン」の最初の構想が持ち上がった。作曲はポン=ド=ラルシュフランス語版の別荘で始められ、1895年の冬に作品は完成した[1]。本作は、エンゲルベルト・フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」に倣って作られたものと見られることもある[2]が、カーンは、本作に先行して童話を題材にした「ヘンゼルとグレーテル」の成功を知ったのは「サンドリヨン」の構想が生まれて以降であり、二人は一度計画を破棄しかけたと書簡に記している[3]

1897年に予定されていた初演は1899年まで延期され、再建されたオペラ=コミック座(サル・ファヴァール Salle Favart)、またアルベール・カレ(Albert Carré)監督の新体制による最初期の重要な初演の一つとなった。アレクサンドル・ルイジーニ指揮による1899年5月24日の初演は成功を収め、次年までに70回の上演が行われた[4]。人気では「マノン」や「ウェルテル」などに一歩譲るが、現代でも上演が重ねられている[5]

チャールズ・オズボーン英語版はマスネがおとぎ話の型を破り、繊細なテクスチュアによって登場人物に温かみと人間性を吹き込んだとする[5]新グローヴオペラ事典はこの作品においてマスネの「ユーモアのセンスが(...)このうえないまでに泡立ち、さらに辛口のフランス風ウィットでたっぷりと味つけされている」と評し、四種類の音楽――力強く華麗な宮廷の音楽、妖精の世界の光ゆらめく音楽、サンドリヨンとパンドルフの音楽における質素さの美徳、愛の音楽におけるリヒャルト・ワーグナー的な半音階的語法――が多様性を裏付けていると述べる[6]

配役[編集]

『新グローヴオペラ事典』[7]と1899年刊のヴォーカルスコア[8]を参照した。

人物名 原名 声域 説明
サンドリヨン(リュセット) Cendrillon (Lucette) ソプラノ
ド・ラ・アルティエール夫人 Madame de la Haltière メゾソプラノもしくはコントラルト サンドリヨンの継母
シャルマン王子 Le Prince Charmant ソプラノ「ファルコン」もしくは "Soprano de sentiment"
名付け親の妖精 La Fée コロラトゥーラソプラノ
ノエミ Noémie ソプラノ サンドリヨンの義姉
ドロテ Dorothée メゾソプラノ サンドリヨンの義姉
パンドルフ Pandolfe "Basse chantante" もしくはバリトン サンドリヨンの父
Le Roi バリトン
大学長 Le Doyen de la Faculté テノール、"Trial"
儀典長 Le Surintendant des plaisirs バリトン
総理大臣 Le Premier Ministre "Basse chantante" もしくはバリトン
精霊たち Six Esprits ソプラノ4、コントラルト2
  • 合唱:召使いたち、廷臣たち、医者たち、聖職者たち
  • バレエ団

物語[編集]

『新グローヴオペラ事典』[9]と『オペラ名曲百科』[10]を参照した。

第1幕に先立ち、登場人物たちが聴衆に向かって自己紹介するプロローグが作曲されたが、初演の前にアルベール・カレの意見で削除されている[7]

第1幕[編集]

ド・ラ・アルティエール夫人の屋敷の大広間

召使いたちが舞踏会行きの用意をしながら女主人の横暴を歌う。主人のパンドルフが登場し、高慢な伯爵夫人との再婚は失敗だったと後悔して、娘のリュセット(サンドリヨン)の境遇を憐れむ。妻が登場し、二人の娘に舞踏会での振る舞いを説いて聞かせ、帽子屋、仕立屋、美容師に命じて娘たちを着飾らせる。

一同が出発するとサンドリヨンが登場し、炉端に座って自らの不運を嘆く(「ああ! わたしの姉はなんて幸せなの - 炉端でお休み、小さなコオロギ」Ah! que mes sœurs sont heureuses ! - Reste au foyer, petit grillon)。彼女が寝入ってしまった後、名付け親の妖精が登場し、精霊たちに命じてサンドリヨンが舞踏会に行くための衣装を整えさせる。夜の12時までに帰るよう妖精に警告されて、サンドリヨンは出発する。

第2幕[編集]

王宮

華やかな舞踏会が開かれているが、憂鬱な王子は愛する相手がいないことを嘆く(「愛のない心、バラのない春」Coeur sans amour, printemps sans roses)。王はこの場で結婚相手を見つけるよう彼に命じる。結婚相手候補として選ばれた令嬢たちが次々と入場した後、見知らぬ美女が現れ一同は驚く。彼女に一目惚れした王子とサンドリヨンは二人きりとなり、王子が愛を告白し(「ぼくの前に現れた君」Toi qui m'es apparue)、サンドリヨンもそれに応える(「あなたはシャルマン王子」Vous êtes mon Prince Charmant)。しかし12時を告げる鐘が響き、サンドリヨンは走り去るが、ガラスでできた靴を残していってしまう。

第3幕[編集]

第1場[編集]

ド・ラ・アルティエール夫人の屋敷の大広間

慌てて家へ帰ってきたサンドリヨンは舞踏会と帰りの夜道を思い出し(「やっと着いた」Enfin … je suis ici)、惨めな境遇に戻ってしまったことを歌う。継母たちが戻ってくる。夫人は舞踏会を自分たちの都合のよいように話し、邪魔者の女が入ってきたが一同に追い出されたと主張する。サンドリヨンが衝撃を受けているのに気付いたパンドルフは妻たちを追い出し、サンドリヨンに二人で田舎に帰ろうと歌いかける。サンドリヨンは父に迷惑をかけないよう、一人で家を出る決心をする(「わたしは一人で出掛けます」Seule je partriai)。

第2場[編集]

カシの大木を中心とした神秘的な風景

精霊や鬼火たちが踊っているところへ、サンドリヨンと王子がそれぞれ森の反対側からやって来る。名付け親の妖精は花の垣根を作って二人が声だけ聞こえるようにし、お互いの存在に気付いた二人は改めて愛を確かめ合う。神秘的な儀式の中、王子は自分の心臓を木に掛けて、愛の成就を祈る。妖精は子守唄で二人を眠らせる。

第4幕[編集]

第1場[編集]

テラス

小川のそばで倒れていたサンドリヨンをパンドルフが看病している。彼女が舞踏会や妖精についてのうわ言を言っていたと話すパンドルフに、サンドリヨンは全てが夢だったと諦める(「春は再び訪れる」Primtemps Revient)。しかし、王宮にガラスの靴を残していった娘を王子が探していると報せが届き、一夜の体験は夢でなかったとサンドリヨンは知る。

第2場[編集]

王宮

世界中から令嬢たちが集まっているが、誰もガラスの靴の持ち主ではない。そこにサンドリヨンが現れ、ついに再会して抱き合う二人を皆が祝福する。登場人物一同が「これでお話は終わり」と合唱し幕となる。

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Jules Massenet (1842-1912), Notice biographique et chronologique (PDF)”. jules-massenet.fr. 2017年5月18日閲覧。
  2. ^ Huebner, Steven (2006). French Opera at the Fin de Siècle: Wagnerism, Nationalism, and Style. Oxford University Press. p. 100. 
  3. ^ Finck, Henry T. (1910). Massenet And His Operas. John Lane. pp. 202-203. https://archive.org/details/massenetandhisop013975mbp. 
  4. ^ Langham, Richard; Smith, Caroline Potter (2006). French Music Since Berlioz. Ashgate Publishing. p. 121. 
  5. ^ a b Osborne, Charles (2007). The Opera Lover's Companion. Yale University Press. p. 221. 
  6. ^ スタンリー・セイディ編、日本語版監修:中矢一義、土田英三郎『新グローヴオペラ事典』白水社、2006年、p.307。
  7. ^ a b 『新グローヴオペラ事典』p.305
  8. ^ Score: Cendrillon, Preliminaries and Act 1 (PDF)”. Heugel & cie. (1899年). 2017年5月18日閲覧。
  9. ^ 『新グローヴオペラ事典』p.305-307
  10. ^ 永竹由幸 『オペラ名曲百科 上』 音楽之友社1989年、増補版、472-473頁。

外部リンク[編集]